ワイルドで行こう
そのマスターが背を向けたとき、琴子はあることを思い出し呼び止めた。白髪のマスターがトレイを小脇に振り向く。
「あの、これ。お土産にできませんか」
矢野さんとの約束を忘れていなかった。だけれど突然の出来事があって『どこでお土産を買おうか』と考える間も余裕もなかった。
マスターがにっこり優しく笑う。
「出来るよ。同じものでいいんだね。ひとつかな」
図々しく、琴子はさらにお願いしてしまう。
「出来ましたら、四人分……」
ダメもとで頼み承知してもらったら、図々しくも多く注文するという……。でも琴子の脳裏には、一人事務所で黙々と数字とにらめっこしている眼鏡のお兄さんに、蒸し暑いピットで作業をしているおじ様にお兄さん二人。
でもそこで、マスターがはっと何かに気がついた顔に。
「もしかしてお店の彼等へお土産?」
こっくりと頷くと、マスターが英児を見た。店長の彼にスタッフにそれをしても良いのかと確認をとっているようだった。そして彼はちょっと困った顔をしている。
「こういう彼女なんだ。店の奴らともすっかり馴染んでくれて」
「へえ。そうなんだ」
今度はマスターが意外とでも言いたそうにして、琴子を見る。でもすぐにいつもの穏やかなにっこり笑顔に。
「いいよ。それなら僕からのご馳走ね」
琴子だけではなく英児もびっくりしたようで、二人揃って慌てる。
「ダメだよ、おっさん。ちゃんと商売しろよ。うちにきたってサービスなんかしないからな」
「そんなんじゃないよ」
「あの、私が余計なことを。本当にお土産として買っていきますから!」
「いいよ。どうせ『矢野君』が駄々をこねたんでしょ」
あの矢野さんを『矢野君』? 矢野さんが急に男の子に思えるような呼び方。琴子はその方が気になって言葉が続かなくなってしまう。