ワイルドで行こう

「でも今は『不味いけど、美味くなった店』と言うらしい。マスターの話では、矢野じい世代の走り屋やドライバー達の口コミで客が増えたらしいから、本当は最初から『美味かった』ということ。お互いに『悪い冗談』の意味をよくわかっていたんだろうな」
「じゃあ。ここは『おじさん達が繋いできたお店』なのね」
 英児が見つけた店ではなかった。彼もまた『教えてもらって常連になった店』だった。
「矢野じい、きっと喜ぶな」
「じゃあ。最適のお土産だったということね」
 途中で何故、土産も用意できなかったのか。そんなことさえも忘れ、もう二人で笑えた。
「おっさん、『買ってもらう』とは言っていたけど。きっと矢野じいへのご馳走として持たせると思うな。俺も時々『しばらく矢野君の顔を見ていないから渡して』――と持たされるから」
「えー。やっぱりそうなっちゃうの? なのに、私ったら……。矢野さんだけじゃなくて、他のスタッフさんの分まで頼んじゃって」
 ああ、それで。琴子がお土産を頼んだとき、ちょっと困った顔をしたのは何故か理解した。あのマスターに頼むと『いいよ』と気前よく引き受けてしまうと英児はわかっていたのだと。
 琴子は急いでランチを食べ始める。ようやく重苦しい空気をこのお店が払ってくれ、恋人同士『日曜ランチ』らしいムードになったのに。だから英児が眉をひそめ、琴子を眺めている。
「なんだよ、急に」
「うん、ちょっとね」
 サンドを一つとサラダを食べ、季節の桃ゼリーだけはじっくりと味わって終わりにすることに。残りは琴子もお土産で包んでもらおうと思う。
「私、手伝ってくる」
 席を立つと英児がぎょっとした顔で『ちょっと待て』と慌てて止めたのだが、琴子はそのままカウンターへと向かった。

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