ワイルドで行こう
レジがあるカウンターの内部をひょいとのぞくと、エプロン姿のマスターはパンをたくさん並べてせっせとサンド作りに励んでいた。
「あの、手伝います」
声をかけると、マスターまでぎょっとした顔に。
だけれど、入り口近くの席には壮年の夫妻がオーダー待ちをしているところ。どんなに客の出入りが緩やかでも、あれだけの美味しい料理をマスターが一人でじっくり作っているのだから暇というわけでもない。
マスターは戸惑った顔をしている。龍星轟にお土産を持たせたい気持ちも本物だけれど、やはり日曜の昼時、休日にこの店に来てくれる他の常連様もおろそかに出来ないから本心はアシスタントがあったら助かる――という迷いを見せているようにもみえた。
「おっさん。彼女、手伝わせてあげて」
頭の上から、英児の声。琴子の後ろに一緒に立って、でも致し方ない困った笑みを浮かべてマスターに頼んでくれる。
「彼女。俺の店でも『手伝う』と言い出してきかなかったんだよ。俺の車も店の代車も全部ワックスがけやったほど。彼女の師匠も矢野じい。師匠もお墨付きなんだ」
そんな紹介に、マスターも『それ、ほんとう?』とびっくりした顔。
でも、なに。そのちょっと扱いにくい子で困っているみたいな紹介。密かにむくれてみるだが、後ろにいる英児の両手が琴子の両肩を包んでいた。
「彼女、料理も上手いから手慣れていると思う。店の男共の飯も作ってくれるぐらいだから」
最後の一押し。今度はきちんと推薦してくれる。
「……爪、短くしているかな。マニキュアは塗っていないよね」
その問いの意味に驚き、でも琴子は慌ててマスターに手を差し出した。爪はちゃんと切っているし、マニキュアはあまりしないから塗っていない。その手を見せる。
するとマスターがにっこりと笑ってくれる。
「そこの棚に少し大きいかもしれないけど僕のエプロンがあるから使って。そしてそこの手洗い場の専用の石鹸で、手首までしっかり洗って」
「はい」
言われたとおりに古びた木棚に揃えられているエプロンを借り、綺麗に手を洗い、マスターの隣に並んだ。