ワイルドで行こう

「俺も、お前の傍にいるからな」
「……英児さん」
 その裏に『もう過去は関係ない。気にするな』とほのめかしてくれているのが、琴子にも伝わってくる。
「うん。いてもらうんだから」
 そう返すと、英児の方がほっとした顔になっている。
 琴子の手で出来上がったお土産を、マスターが綺麗にペーパーボックスに詰めてくれる。
「ありがとう、手伝ってくれて。みんなによろしくね」
「こっちこそ。うちのスタッフが喜ぶものを持たせてくれてありがとな。また彼女と来る」
「うん。待っているよ。また英児君が楽しそうに彼女と来てくれて、おじさんも安心した。この前は『どーなのかなあ』という感じだったから」
 恋人になる直前だった。まだここでは。マスターはちゃんと感じ取っていて、そして今日は正真正銘の『彼と彼女』に見えたよう。急に二人で照れくさくなってしまう。
「うっさいな。いつも余計なんだよ、見送りがっ」
「やんちゃだけど、大目に見てあげて」
 また言われて、琴子は笑いながら今度は『はい』と答えた。
 レジで見送ってくれる優しい笑顔は、月夜に初めてこの店に来たときと変わらない暖かさ。
 英児もすっかり落ち着いて、リラックス出来たよう。この店はそんな店なのかもしれない。
 
 真夏の青空が広がる海辺の駐車場にある銀色のフェアレディZに乗り込む。
 ドアをバタンと閉め、ハンドルを握った英児がフロントに広がる漁村の海を見てつぶやいた。
「今日は、この店に来て正解だった。よっし、午後から仕事やるぞ」
 その横顔はいつもの真っ直ぐで迷いなく突っ走る、英児らしさを見せていた。
 
 それでも胸にある一抹の不安は消えず、龍星轟に戻ると琴子は『お土産』を手渡すふりをしてピットにいる矢野さんのところに向かう。

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