ワイルドで行こう
 それだけじゃない。やはり一番ショックを受けていたのは『母』。
 『やっと良いお話が来た』と、それは喜んでいた。しかも勤め先の社長さんからのお話。これは確かだと。長年黙ってやるべき事をやってきたから舞い込んできたお話よ――。これは琴子へのご褒美だと。ずっと塞ぎがちだった母がいつになく明るくなって。
 でも。だからこそ琴子は怖かった。もし……この話が駄目になったら? 当初からの不安が的中してしまう。
 破談を伝えると、母は『どうして』と怒り始めた。勿論、母が原因のひとつだなんて口が裂けても言えなかった。どう言えばいいのか。
「私、仕事を続けたいって伝えちゃったのよね。あっちはいまどき家に入って欲しい人だったみたいで」
 嘘をついた。そして母は訝しそうだったが、それで納得してくれた。だが逆に琴子が母に小言を言われた。『仕事を続けるか続けないかなんて、あとで言えばいいことを。どうして会う前に決まり切ったように伝えてしまったのか』――と。母を庇ったはずが、その矛先が自分に跳ね返ってくるなんて『理不尽だ』なんて思いながらも、もうこうして三年『へとへと』だから言い返す気力もない。
 そんな文句を言っているうちもまだ良い方。本当に困るのは、その後、母が落ち込んで落ち込んで元気をなくしてしまい、普通の会話が出来るまで数日はかかってしまうことだった。
「お母さん、元気になったか」
 ジュニア社長も心配してくれる。家の事情を知って案じてくれる一番の人だった。
「いいえ。いつも通りです。ですから、社長もお気遣いなく。来週には元の母に戻っていますよ、きっと」
 その浮き沈みのパターンは、もうジュニア社長も周知だったから、ため息をつきつつも納得はしてくれる。
 
 このような状態を抜け出すため、琴子は母を誘う。
「たまには外に食事に行こうよ」
 篭もりっきりで塞ぎがちの母を、こう言う時は外に出してあげる努力をする。次の休日の夕、琴子は母を連れてこの界隈で人気の『トンカツ屋』に連れて行くことにした。
< 20 / 698 >

この作品をシェア

pagetop