ワイルドで行こう
「漁村の親父のやつか。久しぶりだな!」
やっぱり喜んでくれて、琴子も嬉しい。
蒸し暑いピットには矢野さんと清家さんがいた。でも清家さんは奥にいたので、琴子は小さな声で矢野さんに耳打ちをする。
「あの、市駅のデパートで……その、」
英児に内緒で告げ口をしているみたいで躊躇った。でも、やはり心配だったのだ。意を決して琴子は告げる。
「千絵里さん、という方と会いました」
そう言っただけで、ご機嫌だった矢野さんの横顔がみるみる間に厳しく固まった。そしていつもの強面に。
「それで」
緊迫したその目に、琴子はやはり尋常ではない『過去の重さ』を感じ取った。
「漁村に行く途中、英児さんとても動揺していて。マスターに会って、少し落ち着いていつもの彼に戻ってくれたんだけれど。私、そんなに簡単なことではないのではと心配で……」
「そうか。わかった」
きりっと矢野さんの顔つきが変わった。これは気合いを入れていかねば……。そんな決意にも見える。
「琴子。大丈夫だからしっかりしな。本当に終わったことだし、元に戻れるような別れ方じゃなかったんだよ。元になんて戻ることないからよ。おっちゃんが保証する」
矢野さんの励ましはとても心強い。でもそんなことじゃなくて……。
「彼が動揺して、ピットで事故を起こしたり、お客様の車に不備がでないか……心配で。私より矢野さんだったら、英児さんをよく知っているだろうから……」
運転にはぬかりないはずの英児が、青信号に気がつかないほどぼうっとしていた。それがもし仕事場でもあったならば。それを心配している。
すると矢野さんが『お前、馬鹿だな』と口元を曲げ呆れた顔をした。でも、琴子を労るように肩を優しく撫でてくれた。
「ありがとな。英児を心配してくれて。わかったよ。店をやっている時は、おっちゃんがよく見ておくな」
琴子はほっと胸をなで下ろす。だが矢野さんはそんな琴子をどこか厳しく見ている。
「いいか。琴子も遠慮なんかすんなよ。絶対に遠慮なんかすんな。わかったな!」
どこか鬼気迫っていたので、琴子は無言でとにかく頷くことしかできなかった。