ワイルドで行こう
やはりこの『父親代わり』でもある矢野さんも、英児と千絵里さんの過去を目の当たりにしてきたのだと、琴子も肌でピリピリと感じ取る。
この矢野さんが、気を引き締めて向かおうとしているほどの『その過去』は、どれほどのものなのか。
「矢野じい。ただいま。俺がここに入るから、それ食ってこいよ」
作業着に着替えた英児がピットにやってきた。
「おお、そうか。じゃあ、馳走になるわ」
「えっと。私はお夕食のお買い物に、そこのスーパーに行って来るわね」
琴子と矢野さんは揃って、繕うような微笑みをなんとか見せてしまう。
「夕飯は、さっぱりがいいな。昼飯にフライを食ったから」
遠慮ない希望も、今では英児と琴子の間では当たり前。そんなところは『いつも通り』であってくれ、琴子も今度は心より微笑み返せる。
それから英児は。思ったほど、動揺を引きずることなく、いつも通りの彼に戻って『滝田店長』としての日々を邁進していた。
幾日か経って、神経を尖らせていた矢野さんが警戒を解くように言った。
――『琴子が傍にいることが、一番の薬だったのかもしれないな。これからも頼むな』。絶対に離れるなよ。念を押された。
そうであればいいのだけれど。ひとまず安心はしたが、琴子自身も決して『忘れはしない』だろう。
それはまだ終わっていないのだと。いちばん目の当たりにしたのは琴子なのだから。
―◆・◆・◆・◆・◆―
以来、『千絵里』という女性の影は薄れていく一方。
英児自身も一切ちらつかせないし匂わせない。矢野さんも警戒を解いてしまった。そして琴子も『もう私も気にしない方がよい。これからの二人のことだけを考えていけば……』と、密かに警戒していた心が緩みそうになっていた。
盆の迎え火をついに迎えていた。
毎年、両親と共にオガラに火をつける『迎え火』は必ず行っていた。今では『父を迎える』という気持ちが強く、そこは新盆を迎えた時から琴子にとっては大事な行事。
この日だけは母と一緒に一日を過ごし、父のことを語らう。英児もひとまず実家に帰ることにしているようだったが、やはり詳しくは彼からも話してはくれない。