ワイルドで行こう

 一人ベッドに取り残された琴子はまだ良く飲み込めず、震えていた。
 つい先ほどまで、あんなに彼と今まで以上に……。これからだった。もうすぐだった。『一緒になろう。これからずっと一緒に暮らしていこう』と約束の印を得ようと愛し合っていたのに。
 息が激しく乱れて気が遠くなりそうだった。でも琴子も胸を荒げながらも、徐々に冷静になる。どうして彼女がここにいたのか。どうしてこの家に入ることが出来たのか。
 とにかく。琴子も側にあったブラウスを羽織って、ようやくベッドから降りる。寝室を出て、灯りがついているリビングのドアの前でそっとのぞいた。
 そこには本当に、あの彼女がいた。そして英児がそんな彼女の腕を掴んで睨んでいるところ。
「まだ持っていたのか」
 何故、彼女がこの家にいたのか。琴子がやっと思いついたことを英児が言った。
「鍵、返してくれ」
 英児はすぐに思いついて、だから彼女を逃がさないよう必死で追いかけて捕まえた。
 このまま帰しては、またいつその鍵で無断侵入してくるかわからないだろうから、英児も必死に彼女をひっつかまえている。
 だが彼女の方は項垂れながらも、暴れたりなどしなかった。むしろ琴子には『英児に捕まえて欲しかった』ように見えてしまった。
 そして彼女も叫んだ。
「ここは、私が暮らすはずだった家よ! 私のベッドもあったはずよ! あの彼女とあのベッドで愛し合っていたの? あのベッドは私が選んだのに!」
 思った。どこも終わってなんかいない。
 彼女の中では、彼の新しい自宅も、鍵も、ベッドも。すべて別れたときのまま生きている。
 そんな彼女が英児に抱きついて泣きわめいた。
「ここは私の家なのよ。貴方が私と暮らすために作ってくれた家なのよ! 彼女と愛し合うなら、この家を壊して余所でやって!」
「千絵里」
 彼が少しだけ。泣き崩れた元婚約者の身体を支えた。それだけでも、琴子の胸は張り裂けそうになる。
 踏み込めなかった。わんわんと泣いている彼女を胸にしている彼。そこはずっと何年も前に引き戻された二人がいる。その時、琴子はいない。そして今も琴子はそこに行けない、入れない。



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