ワイルドで行こう
19.貴方と結ばれる、その瞬間に――。
だが、英児はその彼女を自分の胸から離した。
その彼女の顔を見据え、もう一度言った。
「鍵を返してくれ」
ふるふると彼女が首を振る。いつもより深い皺が英児の眉間に現れる。彼が本気で怒ったときの、爆発する前の、あの強い眼光を放って。
「お前の家……になるはずだった。でも捨てていったのはお前だろ。この街も、この新居も、選んだベッドも。ぜーんぶ、お前は置いて海の向こうにいっちまったんだ」
「でも、住むはずだったのよ。あんなことがなければ!」
『あんなこと』? ドアの隙間から窺うことしかできない琴子は眉をひそめる。『あんなことさえ』。それが二人の傷のすべての根元? それってなに?
それがどうしても見えてこない。いや、英児が思い出したくなくて、垣間見せる隙もだせないほど蓋をして封印しているのだろう。だからどうしても後から来た琴子には見えない。
それでも。やや狼狽えているような英児ではあるけれど、ちゃんと一息ついて落ち着いて、どうするべきかを探っているのは琴子にも伝わってくる……。
「耐えられなかったのよ。貴方が幸せそうに、可愛い女の子と、あんな若いお店にいて――」
「若いって。同じ三十代だぞ。それに店も、お前がいるフロアはミセスが多いだろ。独身女性向けの年相応の店にいただけじゃないか」
「三十五を過ぎるのと、過ぎていないのは全然違うのよ。だって、貴方。この前まで、たった一人で車を乗り回していただけじゃない。それがいつからなのよっ。ずっと誰とも付き合っていなかったて知っているんだから。気の迷いなの? ねえ、まだ付き合って間もないのでしょう? ねえ、その程度なんでしょ、まだその程度なんでしょ。私と何年付き合って、どれだけ愛し合ったと思っているのよ。数ヶ月なんて軽さじゃなかったじゃない」
千絵里さんの詰問に、英児が辟易して目を逸らす。
「なんだよ。お前、全然変わってねえな」
その冷めた一言に、千絵里さんが黙った。その隙に英児が彼女からいとも簡単に離れた。
「待ってろ。言いたいこと、もっと聴いてやるからよお。でも服だけ着させろや」
凄味を利かせた物言いに、英児の腹立たしさが現れている。だからなのか。あんなに憤っていた彼女もやっと一息ついた。が、上気した顔は赤いままだった。
パンツ一枚なんて、無様な格好で必死にさせられた英児がこちらに向かってくる。琴子は急いで、寝室に戻った。