ワイルドで行こう
 土曜の夕、運転免許を持っていない琴子はタクシーを呼び、杖をつき足を引きずっている母を支えながら出かけた。
 わらぶき屋根という田舎風の佇まいをみせるその店は、とても大きな店で、土曜日とあって満席に近かった。だがそこを踏まえて早めに来た甲斐もあり、母娘は待たずに席につけた。
「人、多いね」
 すっかり閉じこもりがちになった母が怯えている。前はそんな人ではなかった。むしろあちこち出かけて家にいなくて、いつも父が『母さん、どこに行ったか琴子は知っているか』と困った顔で聞いてきた程で。
「やっぱりここのヒレカツは美味しいね。お父さんも大好きだったし。はあ、美味しい」
 なんとか楽しくしようと心がける。そして母もやっと笑顔になる。
「そうだね。よく来たよね。お父さんと」
「そうそう。お父さんたら、トンカツが来るまで待てなくて、ビールにおつまみをいっぱい食べちゃって、トンカツが食べられなくなるの」
「そうだった、そうだった。それで最後は琴子が得するんだよね」
 懐かし話で盛り上がった。母の食も進んでいるようでホッとした。これで気分転換完了、明日からお留守番ばかりでも元の母に戻ってくれているだろう――。そう確信できると琴子の心も軽くなってくる。
 『ご馳走様』。席待ちの人々が目立つ頃、母娘の食事も終わったので会計をして帰ることにした。
 レジ前の席待ちの人が多いこと。どの椅子も誰かが座っていて、母を休ませる場所がない。
 だが親切な方は必ず一人はいて『どうぞ』と席を譲ってくれた。御礼を述べ、琴子も急いでレジで会計を済ませる。振り返ると母もゆったり構えて待っていたので安心してお手洗いへと琴子は向かってしまった。
 戻ると――。そこに、母がいなかった! どうして? 琴子は辺りを見渡す。
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