ワイルドで行こう
なによりも。『何故、彼女がこの部屋のドアを開けたのか』。英児はきっとまだわかっていない。でも琴子にはそこはもう『女として』通ずるものが見えている。だからこそ、震えている。
そんな琴子の震えに気づいた英児が、申し訳なさそうにして、さらに強く琴子を抱きしめてくれる。
「琴子、俺……さっきの邪魔されたけど本気だからな」
彼女が戻ってきたことを知って動揺もした。でも彼の今夜の決意は変わらない。そうして琴子を安心させようとしてくれているのがわかったから、琴子はまた無言で頷いた。
だけど。それだけ言うと、英児はいつものポロシャツとデニムパンツをクローゼットから出して着替え始める。そこに身動きが出来ない琴子を背に、ポロシャツを頭からかぶりながら言った。
「きっちり帰ってもらうから。ここで待っていろ。直ぐ戻ってくる。でも琴子は、あいつの前に姿を現さない方が良いと思う」
なんだか父親か兄に言い聞かされるようだった。それだけ英児の目が何かに構え、警戒しているよう。
それに琴子もそう思う。あそこまで逆上している人間の、一番やっかいな存在になっているだろう張本人は『琴子』。それに女だから良くわかる。愛している男を憎むのではない。その男に関わっている女へ矛先が向かってしまう女の性を。
だから静かにこっくりと頷いた。
それに安心したのか、英児はきっちりと身なりを整えると、あっという間に出て行ってしまった。
その後直ぐだった。怒濤の言い合いが、堰を切ったように始まった……!
帰ってくれ。俺達はもう終わったんだ。そうだろ。何年経っているんだ。
彼女といつから付き合っているの。
いつからだっていいだろう。
どうして彼女をこの家に入れる気になったの? ずっと誰も入れなかったんでしょ。それって何故。どうして何年も誰とも付き合えなかったの? ねえ。
……いいたくない。でもお前が忘れられなかったとかじゃねえからよ、うぬぼれんな。
なんですって。そっちのせいで、私がどれだけ傷ついたと思っているの! 式も結納も予定していたのに、キャンセル。親にも親戚にも白い目で見られて、友人達からは哀れむような目で見られて腫れ物に触るみたいに遠巻きにされて。この街にいられなくしたのは、そっちの家族じゃない!
俺は何度も引き留めたぞ。それを振り払って神戸にいっちまったのはそっちだろ。
リビングから響いてくる男と女のどうしようもない言い合いに、琴子は耳を塞ぐ。