ワイルドで行こう

 どちらも退くことがない平行線な言い分が、延々と続いていた。
 しかも。同じ事を繰り返し言い合っている。平行線の上に、何度も回って戻ってくるエンドレスループ。
 英児の『今度こそ、これで終わりにする』という意地と、彼女の『今度こそ、解ってもらう』という意地がただひたすら噛み合わず投げつけあっているだけ。
 ――こうして別れたの? これを繰り返して別れたの?
 一人、暗い寝室で息を潜めて待っている琴子だけが置き去りになっている。だからって、英児が琴子を忘れている訳じゃない。忘れていないから今度こそ『綺麗に精算しよう』と、痛くて背けていた過去に果敢に向かってくれている。
 でも、そこは琴子が入ることが出来ない『数年前の世界』。現在愛している女を置いて、過去を持ったままだった男がそれを今返上する時とばかりに、過去をさかのぼって行ってしまった――。そんな感覚。
 
私は、引き留めて欲しかったんじゃない。一緒に来て欲しかったの!
それが何故出来ないか、良くわかっていたはずだ。それを知っているくせに、敢えて俺が何も出来ない方向へ突っ走っていったのはお前だろ。
……それでも。一緒に来て欲しかった。一緒にいて欲しかった。私のことをよく知っているのは、貴方だけだったはずなのに。わかってくれなかった。
 
 そこでピタリと千絵里さんが黙った。
 琴子も耳を塞いでいた手を緩め、見えない向こうへと視線を馳せる。
 彼女が何故黙ったか。良く通じたからだった。
 思った通り。彼女は嘘でもいいから英児に『わかった。一緒に神戸に行く』と言ってほしかったのだと。
 『私のことをよく知っているから、どうして私がこんな我が儘を貫こうとしているのか、貴方ならわかってくれるはず』。そう信じていた。でも駄目だった。
 だから意地を張ったまま神戸へ。だがそこで彼女も身に染みたのだろう。
 ――『貴方。この前まで、たった一人で車を乗り回していただけじゃない。それがいつからなのよっ。ずっと誰とも付き合っていなかったて知っているんだから』。
 それを聞いた時、琴子の胸を貫く激しい痛みが生じた。それは『女の悲しみ』。その痛みを感じ取ってしまったから……。

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