ワイルドで行こう
『カチャリ』。今度は琴子がドアを開ける。当然、二人が揃って静かになった。
「琴子」
英児はとても心配そうな顔をしてくれたが、千絵里さんは琴子と目が合うなり背を向けた。
だが琴子はそんなものもどうでも良く、そのままリビングを横切って玄関へ行くドアを目指した。それに気がついた英児が追ってくる。
「まて、琴子。帰るのか」
すぐに追いつかれるから走るように玄関をめざし、サンダルはきちんと履かずつっかけて玄関を飛び出していた。
階段を駆け下りると、やはり直ぐに玄関が開いて英児の引き留める声。
「琴子、待て!」
それでも琴子は階段を下りてしまう。英児が駆け下りて追いかけてくる足音を聞いても……。
事務所裏の通路を駆け抜け、外へと出る裏口のドアを開けて飛び出したのだが。そこで『うおっ』と開いたドアをさっと避ける人影と遭遇した。
「琴子じゃねえか」
――矢野さん、だった。
涙に濡れ、着崩れ、そして乱れた黒髪のままの琴子を見て、矢野さんの顔つきが瞬時にあの強面に。ぎらっとしたその目に、琴子はびくりと固まる。
「英児だろ。英児のやつが、お前になんか酷いことでも言ったのか? それとも機嫌が悪くて八つ当たりでもされたのか?」
機嫌悪くて八つ当たり? え、なんのこと?
ただでさえ、二階であった酷い出来事で頭がいっぱいなのに。今度は『英児が酷いことをしたのか!』と怒るおじ様の登場に、琴子はさらに何が起きているのかわからず佇んでしまった。
茫然としていると、何故か矢野さんがばつが悪そうに目を逸らした。
「いや、英児のやつ。実家から帰ってくるとたまに荒れることがあってよお。盆、正月の休みの終わりは、おっちゃんが様子見にくるのが恒例なんだよ」
「そ、そう……なんですか」
「ごめんな。おっちゃん、琴子を必要以上に心配させまいと嘘をいった。それでも、今年は琴子が傍にいるから安心はしていたんだけどな。でもよ。琴子はそんな英児を初めて見るだろ。カミさんが『せっかく上手くいっているんだから、些細なことでこじれないよう様子見てこい』て、おっちゃんの尻をたたいたわけよ。一番心配だったのは、琴子を助手席に乗せて、危ないドライブに行くことな――」
じゃあ、やっぱり……。英児にとって実家への帰省は気負うもので、帰ってきたら情緒不安定になることもある。琴子が密かに案じていた通りだった。
そこで琴子ははっと気がつく。