ワイルドで行こう

 ――『家族になりたい』。
 今夜、英児が琴子を今まで以上に手元に引き寄せてくれたのは、『寂しいんだ。一緒にいてくれ。ずっと俺と一緒にここで。もっと賑やかに暮らしたいんだ。お前となら、それが出来る』。そんな決意、だったから?
 入浴前に見せていたあの目は、彼の寂しさを表していた……。琴子はやっと今夜の英児の真意に気がつく。
 そう思ったら、涙が。違う涙が溢れてきた。今度の涙は冷たく寒くなる涙じゃない、熱くて身体中の血が沸きそうな涙。
「あいつ怒鳴ったりして琴子を困らせたのか。あいつ、そこんとこまだガキぽいところあるからよ」
「違うの、矢野さん。英児さん、優しかった。いつもどおりのお兄さん……で……」
 それを聞いた矢野さんが困惑した顔に。
「だったらお前、なんでそんな泣いて、逃げるみたいに飛び出してきたんだよ」
 その答えが、向こうで響く。
『英児、もどってきてよ。あの子のところに行かないで』
『なに言っているんだよ。俺達はもう終わっているし、やり直しても絶対に上手くいかないんだよ』
『わからないじゃない。もう一度やり直したら……だってあんなに私たち……結婚しようとしていたほどなのに』
『俺とお前は……上手くいかない』
『どうして! あんなことなければ、もうあのこともおわったじゃない。もう時間が経ったもの、もう一度……もう一度……』
 琴子ではない女性の悲痛な声。それを知った矢野さんも驚愕の表情に固まった。
「千絵里……か?」
 何故。問いたいのに驚きで問えない矢野さんが、琴子を見て答えを求める目。
「鍵、持っていて……。入ってきてしまって」
「はあ?」
「まだ、結婚前にもらった鍵を持っていたみたいで。一緒に……いるところ……見られ……」
 寝室で休んでいるところを見られて。オブラートに包んで言おうとしても、流石に言えなかった。

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