ワイルドで行こう

20.私、なにもいらない。こんなに愛されたから。


 いい加減に、起きなさいよ。
 二階の部屋でぐったり横になっていると、急にドアが開いて琴子はびくっと飛び起きる。
「お、お、お母さんっ」
 足が悪い母が、一人で階段をあがってくるのは余程のこと。いつもは電話子機の内線を使っているのに。ううん、そうではなくて……。
「なに。そんな驚いた顔で。もうお昼になるんだけど」
 だが母は琴子の異変に気がついた。
「……顔色悪いね。琴子、具合悪かったの? だから今日は英児君のところに行かないの?」
 青ざめた顔でもしていたのだろう。母の顔色も途端に曇ったので、琴子は慌てて繕う。
「う、うん。昨日、大橋と島まで回って……。ランチも食べて、帰り際にも善通寺で頑張ってうどんも食べちゃったから。胃の調子が……」
「英児君は」
「うーん。ゆっくり休んで、明日からの仕事に備えろって言ってくれたわよ」
「ふうん……。今夜、うちに誘う? 夕食」
「だめ。彼も今夜は実家で送り火だって」
 とことん嘘をつく。でも母は見透かしたように、じっと琴子を見ている。
「明日から仕事でしょ。いま寝ると、夜寝られなくなるからね」
「はあい」
 訝しそうな母が出て行き、琴子は震える息をやっとはいていた。
 ――駄目だ。まだ生々しすぎる。
 すっかり安心しきっているところへ、急にドアが開いて人がやってくる。
 昨夜のあの暗がりの中のことを思い返すと、こんなに暑く茹だるほどの部屋なのに、ぞっと寒気がした。

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