ワイルドで行こう
でもこのままだらけていても、なんだか惨めだった。
起きて、シャワーを浴びて。これでもかというほど、スペシャルに肌のお手入れをして。部屋の中なのにお気に入りのワンピースを着て、わざとお洒落をする。
それだけで気分が良くなってくる。暑いけれど、外の空は快晴。青い夏空。でもちょっと向こうに厚みのある雲。もしかして……夕立?
……夕立。
この家の庭だった。男の艶っぽい匂いに目覚めたのは。
部屋の窓辺で琴子はため息をこぼす……。
駄目だ。やっぱり……。一時も忘れられない。英児が寂しがり屋? 私だってこんなに寂しい。彼のこと言えない。琴子は自分で自分を抱きしめる。離れていても感じることができた『英児の温度』がいまはない。夏なのに寒い、隣をすがる空気が冷たく思える。
今になって後悔している。英児を置いてきてしまった。どんなことがあっても傍にいると何度も言ったのに。喜んでくれたのに。
昨夜だって『お前と暮らしたい』と言ってくれたのに。それまで彼に何があったかも、なにが彼に結婚を決意させ後押ししたかももう関係ない。結婚をほのめかされると困った顔をしていた彼が、本当は琴子以上に重いものを持ったままだった彼が、やっと琴子を隣に歩こうとしてくれていたのに。
だけれど。琴子と英児の意志を貫いたら、進めない人がいる。自分より先に英児の傍にいた人が進めないと英児も進めない。それは『先に愛し合っていた者同士』でやらねばならないこと、居場所がないのに無理に入り込んではやはり前に進まない。彼女が今いる場所は、本当は琴子の居場所。でも前は彼女の居場所。たったひとつしかない場所を押したり押し返したりして奪い合っても……。なにが生まれるというのだろう。女同士憎みあって奪い合っている間に時間だけが無駄に過ぎていくだけになるだろう。
数年前に戻らなくては英児が進まないなら、琴子はそこにいてはいけない。『いないはずの、後から来た女』だから。
それなら。英児を信じて待っている。退いて、その場所を彼女に一時返して、数年前に戻ってもう一度向き合ってもらう。
大丈夫……。英児はあんなに愛してくれたんだから。そして琴子も、愛された痕をたくさん感じている。
でも……。やはり涙が溢れてきた。
夏空の窓辺で、琴子は探している。あの匂いとか、あの目とか、そして体温。頼りがいある兄貴なのに、時々とってもイタズラな笑顔。そして寂しそうな横顔、遠い黒い目。
山間の空が暗くなっている。まだここは青空だけれど、そのうちに本当に夕立がくるだろう。
もう既に遠くから雷鳴が聞こえてきていた。