ワイルドで行こう
 満席で賑わう店内、大きな膳を持って忙しそうに行き交うスタッフ達。席待ちの椅子も満席で立っている人もいるし、ひっきりなしに人も入ってくる。騒然としている中、母を捜すのだが。
 微かに女性が泣き叫ぶ声が聞こえた気がした? 店の外だった。しかもなんだか人だかりが出来ているような? もしかして……。ざわつく胸を抑え、琴子は店の外に出た。
「大丈夫ですか」
「お一人ですか」
「放して、ほうっておいて!!」
 その光景に愕然とした。段差がある店の階段の下で、母が杖を転がして倒れていたから。
 そこで幾人かの人々が身体を起こしてあげようと手添えをしようとしているのだが、母が泣き叫んで抵抗しているところだった。
「お母さん、どうしたの!」
 飛び込むと、そこにいた人達がホッとした顔をした。
「娘です。有り難うございました。もう大丈夫ですから」
 自分達ではどうにもならないと悟ったのか、『それなら良いけど』と皆立ち去っていく。
「どうしたの、お母さん。どうしてあそこで待っていてくれなかったの」
 だが母は唇を噛みしめ、そして地面に手をついたまま項垂れ顔をあげてくれなかった。ずっとすすり泣いている。
「タクシー呼ぶから、帰ろう」
 母に手を添えたが。『放っておいて!』と母。娘の手すら、拒否される。やっと気分が良くなってくれたと思ったのに……。
 どうしようもない虚しさがこみ上げてくる。へたり込んでいる母を見てると、惨めだった。そして情けない、目を逸らしたい。ここでへたり込んでいる人は、昔はもっと凛としていて、どんなことも包み込んでくれ琴子を全身で守ってくれた人、そして愛してくれた人、育ててくれた人。『なんでも頼ってきた人』だった。なのにこの姿。それだけならまだしもここで『お前達、大丈夫だよ』とさらに包み込んでくれていた大きな存在だった『父』がいない。
 やるせない。本当に逃げ出したい。もうこのまま……。
 
「お母さんさ。妊婦さんに席を譲ってあげていたんだよ」
 
 しゃがみ込む母娘の頭の上から、そんな男性の声。
 見上げると、紺色作業着の見覚えある人が!
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