ワイルドで行こう
「琴子が帰えっちまった晩は、朝まで二人で言い合っていたわ。もうとにかく、千絵里の怒りが収まらなくてさ。そこらへん散らかしまくって大変だったわ。朝になってへとへとになると英児は寝室で眠ったし、千絵里はあっさり帰った。それが意外だったんで俺も英児も『納得したのか』と思っていたんだけどな。やっぱり昼になってまた千絵里がやってきて。……ああ、でも。今度は鍵は使わず、ちゃんと訪ねてきたわ」
「そうでしたか」
「そこからまた言い合いが延々と続いてさ……。だけどな。その夜も千絵里が帰るって言うんで『なんだかおかしくないか』と英児とおっちゃんも気がついてな。でもまた、朝一に英児を訪ねてくる。その繰り返し」
彼女が……通っている。それを聞いたら、やっぱり琴子も心穏やかではない。そんな『いつ諦めてくれるのか』と、自分で仕掛けておきながら琴子だって焦りが生じるのだが。
「でも、そうして。千絵里がしたかったことをさせているうちにな。えっと、『したかったこと』っていうのは、英児に飯を作って食べさせるとか。あのキッチンも自分が使うはずだったものだろ。とにかく、そうさせることにしたんだよ。だから英児も、腹は立っているようだけれど、そこはぐっと堪えて千絵里とちゃんと向き合っている」
ご飯まで作って……。自分が使うはずだったキッチンに立って。夫になるはずだった彼に、今になって食事をこしらえている。空しくないのだろうかと、琴子は思ってしまう。ますます痛々しいばかり。だけれど、それが文句を言い合うより『前に少し進んだ証拠』なのだろうか? そう思いたい。
「でも。それをやらせているうちに、千絵里がやっと夜帰るのは『母を一人に出来ないからだ』とか『母はいま闘病してる、自分が看病している、仕事を辞めた』と告白してくれて――。それでやっと、英児も『だから、あんなになったのか』と理解できるようになったみたいだな。そもそも英児は、千絵里がガタ崩れになると、歯止めがきかないほど暴走するのを身に染みて体験しているからさ……」
歯止めがきかなくなる彼女の暴走を、体験している? 今度、琴子はそこが気になったが、そんな答えをほしがる目線に気がついた矢野さんが、ちょっと申し訳なく笑った。
「わりい、琴子。流石に俺でも、英児をさしおいてそこんとこだけは語れねーわ。ごめんな」
英児本人から聞いてくれ。矢野さんがこっそりと教えるのも憚るほどのなにがあったというのだろうか。