ワイルドで行こう
名前で呼びたいが、名前を知らない。スカイラインの煙草のお兄さん。それぐらい。だがあの日の彼がそこにいた。
「でも妊婦さんも気遣って座らなかったから、お母さんが『もう店を出るから良いの』と言って杖をついて自分から外に出て行ったんだ。俺はそこだけしか見ていないけど、そこですれ違った客が『階段から転げ落ちた』て言っていたぜ」
驚いて、琴子は母を見た。
「そうなの。お母さん……」
だが、母はそれを隠したかったのか、あるいは気遣いたかったのに結局誰かの手を借りなくてはいけない無様な姿になってしまったから情けなくてどうしようもないのか、またぐずぐずと泣き出してしまった。
「俺、付き添っているから。いまのうちにここまで車を持ってきなよ。お母さんを歩かせなくて済むだろ」
「その、車じゃなくて。タクシーで来たの。今すぐ呼ぶから大丈夫です」
バッグから慌てて携帯電話を出したのだが。
「なんだ。そういうことか」
唐突だった。目の前で彼が紺のジャケットを脱ぐと、バサッと琴子へと投げつけてきた。思わず琴子も受け取ってしまう。煙草の匂いが染みこんだ作業着風ジャケットを。
「それ俺の大事な仕事着だから、持って逃げるなよ。そこで待っていてくれ」
え、え。どういうこと? 琴子が迷っているうちに、白い半袖ティシャツとデニムパンツ姿になった彼がどんどん駐車場の奥に行ってしまう。
だが、暫くするとあの音。
ブウンブウンと高鳴るあの激しいエンジン音。まさか。
そう思った時には琴子としゃがんでいる母の目の前に、あの黒いスカイラインがキキッと停車していた。
「でも妊婦さんも気遣って座らなかったから、お母さんが『もう店を出るから良いの』と言って杖をついて自分から外に出て行ったんだ。俺はそこだけしか見ていないけど、そこですれ違った客が『階段から転げ落ちた』て言っていたぜ」
驚いて、琴子は母を見た。
「そうなの。お母さん……」
だが、母はそれを隠したかったのか、あるいは気遣いたかったのに結局誰かの手を借りなくてはいけない無様な姿になってしまったから情けなくてどうしようもないのか、またぐずぐずと泣き出してしまった。
「俺、付き添っているから。いまのうちにここまで車を持ってきなよ。お母さんを歩かせなくて済むだろ」
「その、車じゃなくて。タクシーで来たの。今すぐ呼ぶから大丈夫です」
バッグから慌てて携帯電話を出したのだが。
「なんだ。そういうことか」
唐突だった。目の前で彼が紺のジャケットを脱ぐと、バサッと琴子へと投げつけてきた。思わず琴子も受け取ってしまう。煙草の匂いが染みこんだ作業着風ジャケットを。
「それ俺の大事な仕事着だから、持って逃げるなよ。そこで待っていてくれ」
え、え。どういうこと? 琴子が迷っているうちに、白い半袖ティシャツとデニムパンツ姿になった彼がどんどん駐車場の奥に行ってしまう。
だが、暫くするとあの音。
ブウンブウンと高鳴るあの激しいエンジン音。まさか。
そう思った時には琴子としゃがんでいる母の目の前に、あの黒いスカイラインがキキッと停車していた。