ワイルドで行こう
母も失ったものがたくさんあって、身体が元に戻らなくても――。もう気持ちは元に戻ることが出来たのだろう。琴子ももう面倒がかかる母ではなく、『私のお母さん』がそのまま戻ってきたと感じているから甘えた。
『泣きたい時に泣いておきな。今日の涙は今日のうちにな』。
そんなこと、言われたっけ。涙が止まって、琴子は思い出していた。何日分、溜め込んでいたのかな。今の涙。でもあの時と一緒、なんだかざああっと流れていった気分。
和らいだ日射し。青空は残暑の色合い、鰯雲。それを見上げていた。
『お母さん、大丈夫』
中庭、向かい側のベンチにも力無く座る母親を支えている娘さん。
やせ細った上品な奥様といった感じの母親に、……琴子と同じ三十代か、でも大人っぽいお洒落なパンツルックの娘さん。
『疲れたでしょう。なにか冷たいもの買ってくるね』
『ごめんね、ちえり』
――ちえり?
はっとした時には、その娘さんがこちらに歩いてくるところ。あの日、市駅のデパートで見たそのままの女性が、格好と雰囲気は違うけど、颯爽と歩いている女性がこちらにくる。
まさかとは思ったが、黒髪をおろし凛とした顔のその人を確かめ、琴子は茫然とした。
だが、その女性と目が合う。……彼女も立ち止まった。そしてきっと琴子と同じ顔をしていると思う。驚きで動けなくなる顔。
「どうして」
彼女からつぶやいた。そして琴子は顔を背ける。正直、言葉など交わしたくなかった。
「琴子、ただいま」
座っているベンチの後ろからそんな声。杖をついた母が懸命に娘のところに向かってくるところだった。
また、彼女の表情が……。今度は青ざめた。
「貴女、お母様……」
自分だけじゃない。『自分より幸せそうな新しい彼女』もまた同じ。親が煩っている。それを知って何を思ってくれたのか。
そんな彼女がさらに聞いた。
「貴女が付き添っているの? お父様は……」
琴子は唇を噛みしめる。彼女の場合、生きていても非協力的な父親。では貴女の父親はどうしてくれているのか――そう聞かれているのだと知って。『お父さんが協力してくれるだけいいじゃない』とでも言いたそうなその質問が、まるで不幸比べのようで嫌だったが答える。