ワイルドで行こう
『いや、どうしているかなと思って』
電話だから、琴子はあからさまに顔をしかめた。
「うん、相変わらず。普通に過ごしているけど」
『会えないかな。会社の前で待っていたけど、昨日も今日も休んでいた?』
三年も付き合ったのに。この時期にまとめて休みを取って、貴方と一日中一緒に過ごしたり、ドライブに行ったり旅行したり、買い物したりしたじゃない。だから今年も休んでいると気がつかないの? 今更だけれど、改めてがっかりしてしまった。
まあ、確かに。そんな人だった。彼は女に付き合わされている――といった感じで、はしゃいでくれたのも最初の一年だけ。あとは面倒くさそうにして、とにかく家にいてデザインに没頭したいという人だった。それほど好きなくせに、ぱっとしなくなった業績。気持ちの切り替えが上手くできない……不器用な人。三十を過ぎていた琴子は、それに気がつきながらも見てみないふりをした。互いにもう冷めていても。そう思って傍にしがみついていたのは、たぶん……彼ではなくて琴子の方。だから千絵里さんのしがみついてしまった気持ちも分からないでもない。
そんな無愛想で不器用で世渡りが下手な彼がわざわざ連絡してきたのが何故か。元は付き合っていた彼女だからこそ、それが分かってしまった琴子は切り捨てることが出来なかった。
「夕食を済ませてからならいいわよ。夜、迎えに来て」
『わかった。あの煙草屋の前で待っている』
あの煙草屋。琴子の胸が切なく締め付けられる。そこは付き合っていた当時、この別れた彼との待ち合わせ場所だった。彼がそこで待っている間にピースを買っていたから、あの自販機で買おうとした。そうしたら、その時、黒い車の兄貴と出会った。そんな場所……。
空がすっかり暗くなり、琴子は出かける。雅彦と話し終えたら直ぐに龍星轟に向かう心積もりで家を出た。
煙草店へ向かう国道の歩道。午後から急に湿度が高くなったように感じる。夜になっても涼しく感じていた風が一転、湿っていた。
煙草店の前に、深緑色のミニクーパーが停まっている。
「ひさしぶり」
そこからお久しぶりの男性が現れた。