ワイルドで行こう
「お前がいなくなって、俺、ぼろぼろなんだ。戻ってきてくれないか。やっぱり琴子じゃないと駄目なんだ。結婚しよう」
はい?
思っていた『用件』とは、激しくかけはなれていて予想が外れたので、琴子はあんぐりと口を開け言葉が出なくなった。
「お前が苦しい時になにもしてやれなくて悪かった。俺もあの頃は仕事が上手くいかなくて……。これからはお前と一緒にお母さんのことも協力していくから」
受け取ってくれ。
彼が目の前で頭を下げた。
え、別れてからそんなに私を恋しく思ってくれたの? やっと必要だって思い直してくれたの?
一瞬、そう思いかけた。だが琴子は『これからはお母さんのことも……』と雅彦が口走った時に目が覚める。これからじゃない、琴子がやってほしかったのは『あの時』なのだ。
でも、初めてだった。大粒のダイヤモンドの指輪。それが琴子のためにと光り輝き、目の前にある。それは幾度となく夢見てきた光景ではないか。だから思わず、その小さな箱を手に取ってしまう。雅彦がそれだけで、ほうっと胸を撫でおろし嬉しそうに笑った。しかもビロードの箱に触れた琴子の手を、すかさずぎゅっと正面から握りしめてきた。
「琴子、ほんとうにごめんな。なにもできなかったこと反省しているよ」
唖然としている琴子の目の前で、彼がおかしなことを言い出した。
「俺、仕事を頑張るから、琴子は仕事を辞めて俺の傍で手伝って欲しいんだ」
「え、仕事を辞める?」
なに勝手に言いだしているのだろう? そしてついに、この男も言った。
「あのさ。三好さんに会わせてくれないかな。琴子と結婚することも話したいし」
じわじわと底から沸き上がってくるこれは、なに?
そして『当たっていた』。やはり彼は彼、琴子がよく知っている彼だった。
握りしめられている手を、琴子はさっと離した。ダイヤのケースも手放した。