ワイルドで行こう
 彼が運転席から出てくる。
「あの」
 確かめようとしたが、彼はもう後部座席へ乗るドアを開け、まだしゃがんでいる母へと跪いた。
「お母さん、送っていきますよ」
 母もギョッとした顔を彼に向け、そして戸惑いで硬直しているようだった。だがあの彼に迷いなんてない。コートを持ってきた時のように。さっと行動する。
 そんな彼だから、躊躇いもせずに母をざっと抱き上げていた。『うっそ。私だって誰にもあんな格好良く抱き上げられたことないのに!』と思うほど、彼は勇ましく母を軽々と抱き上げていた。
「ちょ、ちょっと。こ、困ります」
 と母。だが彼が笑った。
「やっぱり親子ですね。お嬢さんも困ります困りますって繰り返していた」
 そこでやっと母が琴子を見た。『誰、この人?』という眼差し。だがその隙に、手際よい彼に後部座席に乗せられてしまった。
 母に有無も言わさずドアを閉めた彼が、地面に落ちている杖を拾う。
「送るわ。あの煙草屋の近所なんだろ」
 琴子も素直に頷く。
「それとも。俺なんかが行くより、親父さんに知らせた方が良い?」
「父は数年前に……」
「そっか。お母さんの足、後遺症だろ。大変だったんだな、姉さんも」
 まただ。たったそれだけで、琴子が持っているものを彼はざっと見通してしまう。この『言わなくても気がついてくれる』という感触――。
「レジで姉さんを見かけてびっくりして」
「知らなかった。あ、お食事の途中だったんじゃないの」
「いや。ここ混むから、早めに来て食べ終わったところ」
 その証拠とばかりに、くしゃくしゃに握りつぶしているレシートをみせてくれた。嘘じゃなかったし、それだけで琴子が気遣わなくて済む。そんなところ、けっこうきめ細かい人と感心してしまう。
「乗ってくれよ。せっかく再会したんだからさ」
 本当ね。本当に再会した。狭い街の、誰もが知っていて週末には混む店だからこその再会かもしれなかったが。
「有り難う」
 素直に微笑むと、あの日と同じ、優しい目尻の笑みを彼も見せてくれた。
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