ワイルドで行こう
22.今すぐ、今すぐ、俺のところに来いよ。
え、琴子の……?
やっと状況を理解した雅彦のつぶやきに、琴子は大きく頷く。でも『いま愛している人』と堂々と言ってしまったので、隣にいる薄汚れた兄貴の方が茫然としていた。
久しぶりに会えたのに。そんな兄貴に、琴子は真顔で返す。
「英児さん。悪いけど、いま私、この彼と話しているところなの。私と彼の問題なの。二人きりにしてくれる」
言われた英児は『納得できねえ』と言わんばかりに、むくれた顔になった。だが本人も思うところ当然あるだろう。なにせ自分も『別れた女との後始末を二人だけでしている』ところなのだから。琴子の場合でも同じ。別れた男との話し合いは、琴子の問題だった。
「わかった」
とりあえず、承知してくれた英児が席を立つ。でも移動した席がすぐ隣の席。椅子を一個分移っただけの。琴子は苦笑いをこぼす。
「英児さん。そこじゃなくて」
『ばれた』みたいな子供っぽい顔をして、渋々といった感じで、なんとかテーブルをひとつ超えた向こうの席に移ってくれた。それでも近い。でももういいかと琴子は諦める。
英児の視線を感じつつも、琴子は改めて雅彦に向き合う。
英児が突き返した指輪のケースを見つめ、琴子は雅彦に告げる。
「分かっていたのよ。今日、どうして貴方が私に連絡をしてきたのか。そろそろ仕事が本当に行き詰まって、私をツテに長くお世話になった三好社長に会わせて欲しいと頼んでくるんじゃないかって。きっとそうだろうと思って、だから会ったんだけど」
「だから、違うって言っているだろ」
語気を強めた雅彦だったが、だからこそ『図星』だったのだと琴子は俯く。付き合っていた彼氏のその心根が残念で仕方がなかった。
「そんな高価な指輪なんて持ってこなくても、正直に『仲介してほしい』と言ってくれたら良かったのに」
そうしたら、琴子がいるせいで契約を辞退してしまったのだから、ジュニア社長に繋ぐぐらい手伝おうと思ったのに。たとえ雅彦の弱い心根が招いた結果だったとしても、元恋人として関わっていた琴子にはそこが多少の心残りだった。だから別れても琴子しかいないと頼ってきてくれたのなら、これが最後、社長に繋いであげようと思って会った――。なのにそこまで頭を下げたくなかった雅彦が思いついたのが、琴子も良い気分にさせて思い通りの方向へ運ぼうとしたくだらない作戦。本当に琴子と結婚する心積もりも本物だろうが、そんなキッカケで復縁されても全然嬉しくない。そんな女心を踏みにじるのも許せなかった。
今度こそ。琴子もきっぱり切り捨てよう。