ワイルドで行こう
「決めて、雅彦君。私は貴方とは結婚しない。それでも三好社長に会いたいなら、社長に言っておく。もしまた契約が成立しても私も以前通り三好社長のアシスタントとしてあの事務所にいる。それが我慢できる? それとも我慢できない? 決めて。私は結婚しない。事務所も辞めない。この状態で、紹介する、しない。どっち!」
らしくなく――。琴子はテーブルをバンと叩いた。びくっとのけぞる雅彦。コップの水面も揺れた。
そんな雅彦がふと、向こうのテーブルへ移動した英児を見た。煙草を吸って背を向けているが、きっと聞き耳を立てていることだろう。
「変わったな、お前」
あの男と付き合ったからだろうな――。元ヤンの名残を見せるふてぶてしい座り方、大股で片足を大きく片膝に乗せて、それで少し猫背で煙草を吸っている後ろ姿。そんな男の女になった琴子。大人しくて従順で文句も言わず良い子だった琴子じゃないとでも言いたそうな。
それだけ言うと、雅彦は指輪のケースを閉じ立ち上がる。何も言わずに背を向け去っていこうとしていた。……別れた時と一緒。肝心の最後を締めくくる言葉は言わず、うやむやにして無言で切り捨てる。
「それでいいの。格好いいプライドを持つのは、格好悪いことを経験した後に得られるものだと思うのよね。私もそうだったから。その気になったらいつでも言って。社長に話すから」
雅彦が立ち止まる。だが一時だった。まだ自分を変えるにはいま暫し時間がいることだろう。カフェの外へと出て行った彼は、どしゃぶりの雨の中、ミニクーパーへと走っていった。
「なんだ。そういうことだったのか」
雅彦を見納める琴子がいるテーブル傍、そこにもう英児が来て立っていた。
「やっぱ、許さねえ。琴子をいいように利用しようとしていただなんて」
そういってくれる人が、一人でもいれば……充分。琴子はそっと微笑んで彼に言う。
「終わりました。どうぞ、そちらへ」
雅彦が座っていた席、正面へと促した。なのに英児は先ほどと同じ、琴子の隣にどっかりと座り込んだ。
直ぐ傍に、熱い肌の温度。とても久しぶりで琴子は泣きそうになるが堪えた。
「すごく会いたかった。お前がいなくて寒かったんだからな」
泣きそうな目を琴子は見開いた。またとっても驚く。身体がひとつになった時も『溶けるみたい』と二人一緒に感じたように。琴子も寒かった。離れて直ぐの日、そう思っていたのに、彼もまた同じように『寒かった』と言ってくれているから……。それほど、互いの体温を密着させて感じていた証拠。
そんなことも言えず、ただ涙を堪えていると、やっと英児の長い腕が琴子の肩を抱き寄せた。
「ここでよう。車の中で話そう」
それが私達らしい、きっと……。だから琴子もすぐに頷き、揃って直ぐにカフェを出た。