ワイルドで行こう

 運転席に戻った英児もすっかり濡れていた。ダッシュボードから出してくれたタオルを渡されるが、英児は直ぐにシートベルトを締めスカイラインを発進させた。
 ワイパーがせわしく動くどしゃぶりの国道。そこを英児は黙って運転していた。
「濡れたな。自宅に一度寄るか」
 琴子は首を振る。こんな姿を見たら、また母が心配するから。
「……俺のところ、……来るか……?」
 躊躇った言い方。それが何故か判るから、また琴子は首を振る。
「だよな。あんなことがあった俺の家なんか」
 すこしばかりがっかりした英児の横顔を見ると、まだその気になれない琴子だって胸が痛む。
「千絵里さん……。まだ来ているんでしょう」
 彼女が心の底から出て行かなければ、琴子は戻りたくない。それに二度とあの人に会いたくない。今日、彼女が詫びようとしていたけれど、顔を合わせた途端彼女の気が済むような『ごめんなさい』もいまは聞く気にもならない。
 雷が追いかけてくるように響く中、運転する英児がため息をついた。まだ決着はついていないようで……。でも今日、彼女と琴子は密かに鉢合わせをしている。彼女はそれからどうしたのだろうか。そして英児はどうして雅彦と一緒にいるところに突然現れたのだろうか。
「それが千絵里のやつ、ここ四日ほど来ないんだよ」
「え!」
 じゃあ、今日見た彼女は……? もう既に英児から離れていた……の? 琴子は絶句する。
「琴子が出て行って最初の三日は、もう互いを傷つけあうことしかできない言い合いばっかで。でも俺もこのままじゃあ、時間をくれた琴子のためにならないと思って千絵里に腹立つこといっぱいあるけどよ。それは、ひとまず横に置いて『だったら、これからどうするんだ』ということを考えてみたんだよ」
 矢野さんが言っていた『ちょっと様子が変わってきた』という頃のことだろうか。濡れた前髪をかき上げながら運転をする英児は続ける。
「まず。千絵里に神戸に戻ったらどうかと提案してみたんだ。元のショップには帰れないかもしれないけどよ、キャリアがあるんだから他の会社でもいいじゃねえかって言ってみた。あいつの天職なんだから、こんな地方での仕事はお前も満足しないし性分に合わないだろと勧めてみた。それから、お母さんもこの街から連れ出して、向こうの病院や施設を使って看病したらどうかとも提案した。向こうにもいい病院あるし、こっちより有効に活用できる施設もあるからさ」
 それから英児は、インターネットや電話問い合わせなどをして、とにかく施設や病院の資料を集め出したとのこと。

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