ワイルドで行こう
「そしたらすぐに帰っちまって。それから来ないんだよ」
じゃあ。今日会った千絵里さんは……。もう彼女の中では怒りの炎も鎮火して、終わっていた彼女だったんだと……。琴子は泣きそうに頭を下げてくれた彼女をまた思い出していた。
「資料がなくなったって。その気になったってことよね」
「わかんねえ。でもそう思いたいところだな。でも確かでもない。それでも、アイツが勝手に入ってくることはもうないし、訪ねてきても二度と会う気はない」
でも琴子にはもう……。彼女は二度と龍星轟に来ないと感じた。その英児の提案を最後の想いとして受け取って、去っていったのではないだろうか。
いままでの彼女には考えられない提案だったかもしれない。でも、八方塞がりで目が見えなくなった彼女には、第三者が見せてくれた思わぬ目から、何かが見えたのかもしれない。
まだ気になっていることも聞いてみる。
「どうして、あのカフェにいたの」
「千絵里がもう来ないと判断したんで、やっと琴子を迎えに行こうと思って。仕事が終わってからあの煙草屋で待ち合わせようとしたら、先客にあのクーパーが停車していたんだよ。仕方がないから煙草屋を曲がった路地で駐車した途端に琴子がやってきて、そのクーパーに乗っていってしまったから……」
そこで英児が口ごもる。琴子も唖然とした。つまり『慌てて後をつけてきた』ということらしい。それであのカフェで離れて様子を見ていたら、琴子がプロポーズをされたと判るような指輪を手にして眺めていたので、どうにも我慢が出来なくて割って入った――ということらしい。
「やだ。本当に私が受け取ると思ったの?」
「だってよー。俺、お前に嫌な思いさせたし……それに……前カレ? なんか洒落た男じゃん。俺より若そうだったし、琴子に似合ってるっつーかさあ。俺なんか、なあ……」
ちょっとムカッとした。
「やめてよ! 私が知っている滝田英児はそんなくよくよした男じゃないもの」
バリバリと夜空を駆け抜ける雷鳴の中でも、琴子の声が車内で響いた。
英児は目を見開いて、茫然とし絶句している。
「どうして。私は洒落た男に惚れたいわけじゃないし、これからだって貴方と一緒にいたいって気持ち、全然変わっていないんだから! むしろ、前よりずっとずっと、今度こそ、貴方の傍から離れたくない!」
また涙が溢れだす――。
「英児さんは、そのままが一番素敵なのに、愛しているのに。どうしてそんなこと言うの? 私、そのままの貴方が大好き。その作業着を着ている指先が汚れている、煙草の匂いがする、汗の匂いのする……」
「琴子……」
ついに泣き崩れた琴子を知り、英児はこのスカイラインを道路の脇に停めてしまう。