ワイルドで行こう
「琴子」
英児の声も息切れている。どっさりと彼の肩先に崩れた琴子だったが、そのまま力無くとも英児の首に肩に抱きついた。
「……私、もう大丈夫」
あの瞬間を取り戻せたから。英児の熱い素肌を抱きしめ、琴子はそっと肩先で静かに微笑む。
「本当にお前だけだからな。もうどこにも行くなよ。俺も行かせない」
熱い腕の中にいる琴子の黒髪を、優しく何度も何度も英児は撫でてくれる。そのまま、抱きついて動かない琴子の耳元で言った。
「お母さんに、挨拶しに行くな」
熱い唇が、耳たぶに口づけてくれる……。
「うん」
素肌のまま彼にぎゅっと抱きつく琴子の目尻に小さな涙が零れていた。
「でもさ。俺、実は週末から年に数回の出張にいくんだよ。東京に」
「え、そうなの」
でも大丈夫とばかりに、琴子を胸の中に強く抱きしめてくれた。
「モーターショーを見たり、メーカー商品の展示会や、買い付けをする時期なんだ。東京に半月ほど滞在して情報を収集しないと、こんな地方だからこそ、地域のユーザーの為に最新情報を肌で感じてこないとだめなんだ」
なるほど。と、琴子も納得。だからこのようなローカルではあるが『ここらの車好きがまず行く店』と言われるのだと。
「うん、待ってる」
「帰ってきたら、琴子とお母さんのところに真っ先に行くからな」
彼の肩先で頷いた。
外は、さらさらと優しい小雨。空にも雲の切れ間、緑の木々の上に小さな星が見えてきた。