ワイルドで行こう
23.お願いです。琴子さん、それだけは勘弁して
日傘片手にそこに立つと、車を磨いている男性が直ぐに気がついてくれた。
「琴子じゃねーか!」
矢野さんの声に、ガレージや事務所にいた兄貴達も気がついてくれる。誰もが琴子が立つ店先まで出迎えてくれた。
「ご無沙汰しておりました。店長は出張中ですけど、来ちゃいました」
初めてここに来た時と同じ、黒地に白の水玉ブラウスに白いスカート。そして白い日傘。
「もう大丈夫そうだな」
矢野さんの問いに、琴子もそっと頷く。
琴子の片手には食材のレジ袋。
「今日のお昼は、カツ丼です」
袋を軽く掲げると、龍星轟メンバーの誰もが笑顔を見せてくれた。
――『これ。新しい合い鍵な』。
雨の中、スカイラインで愛し合った後、英児がすぐに新しい合い鍵をくれた。既に新しいキーホルダーがつけられていた。以前、なにかのキャンペーンをした時に作ったノベルティだったとのことで、龍星轟のロゴが描かれているキーホルダーだった。琴子の持ち物の中でちょっと違和感の。でもそれに自分で選んだホルダーもつけた。
龍がついている彼らしい鍵でまったく琴子の持ち物らしくないけれど、これは確かに今は琴子のもの。その鍵を初めて使う。
……少し、躊躇った。彼女の匂いが残っていて、すごい嫌悪感で満ちている部屋になってしまったらと思うと。
でもここを乗り越えないと、二度と龍星轟に帰ってこられなくなる。ここはこれから彼と寄り添っていく場所なのだから。琴子は鍵を回した。
久しぶりの英児の自宅。リビングのドアを開けると、まったく変わっていない英児の匂いだけ。あのジャケットが脱ぎっぱなしでソファーの背に放ってあるのも変わっていない。ゆっくり歩み寄り、琴子は英児の作業着を手に取る。そっと手に取り、頬を寄せる。
煙草の、彼の身体の匂い、そしてほのかにマリンノートのメンズトワレ。英児の匂いだった。
「よかった。ぜんぜん大丈夫。この匂いさえあれば。貴方さえ変わっていなければ」
一人、涙をこぼした。
寝室もおそるおそる確かめると、そこも英児の部屋着が脱ぎっぱなし。本当に変わっていない。
そして気になっていたクローゼットを琴子は開けてみる。
服も靴もバッグも、そしてランジェリーも。出て行った時のままなにも変わってない。そしてクローゼットの一番真ん中にかけてある紺色のジャケットも。
ハンガーに掛けて、一番取りやすい真ん中にかけていた龍星轟ジャケット。それを琴子は久しぶりに手に取った。
ラフな格好に着替え、琴子は龍星轟のジャケットを羽織った。これで元の『タキタモータス社長の女』に……。
「さあ。なにもかも元通り……」
でも釈然としていない。まだ少しだけ。口に出してわざわざ言うところがその証拠と自覚しつつ。それでも琴子は気合いを入れ、久しぶりに愛する彼の自宅を掃除する。