ワイルドで行こう

 小一時間ほど掃除をして、そろそろ昼食の準備に取りかかろうとする。その前に……。
「もう……。やっぱり男一人暮らしに戻ると溜めているんだから」
 キッチンにペットボトルにプラスチックのゴミ袋が大きく膨らんだまま放置されていた。
 あまり綺麗になっていないところ、既に男一人だけの空気が戻っていて、逆に安心する。本当にもう一人の女性が通っていたのだろうか。見る影もない。痕跡もない。ある意味、見事な去り際? それとも英児が綺麗に払拭したのか。
 そのゴミ袋を両手に提げ、龍星轟のゴミ収集所へ向かう。自宅を出て階段を下り、店の裏にある倉庫の中。そこに各ゴミを分別して保管しておく場所がある。
 そこで、琴子は見つけてしまう。
 買った覚えのない鍋とフライパンと、そして菜箸に包丁など。料理が出来る道具が一式あった。しかも赤い鍋はよく雑誌で見かける主婦が憧れる高価なもの。それらは一つの段ボール箱にまとめてあった。
 千絵里さんが持ち込んだものだと直ぐに判った。
 既に英児から聞かされていた。矢野さんから聞いたとおり、一日ほど千絵里さんが英児に料理を振る舞ったという話。
『どうしてもあのキッチンが使いたかったんだろ。だってさ。あいつの為に注文したキッチンなんだから。鍋も包丁も一式持ってきた』
 それがどうやらこの箱の中のものらしい。
『たぶん。ずっと前に揃えていた花嫁道具……』
 英児が辛そうに呟いていた。そして琴子も一目見て思った。一度使って、やっと捨てられたんだと。
 英児が食べても『どう美味しい?』とも聞かなかったとか。英児も『美味い』とも言わず、何とも言えない重苦しい空気の中、差し出された料理をひとまず食べたとのことだった。
 その時千絵里さんが『いまとなっては、美味しいとかどうでもいいわね』と言ったらしい。気持ちがこもっていない料理、気持ちが受け取れない料理。きちんと美味しく作られているのに、美味しく食べられない料理。振る舞ってもどこも喜べない料理。
『これ。捨てていいから』
 千絵里さんから段ボールにまとめ、それっきり使わなかったという。
 それを琴子はいま見下ろしている。彼女の夢だった、そして捨てられなかったもの。もう彼女にとってもきっと残骸なのだろう。

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