ワイルドで行こう

 朝から濃密なキス。夜と変わらない交わりに没頭して、でも朝だから旦那さんが白い身体を腕に抱きしめて急いで駆け抜けていく――。でもその駆け抜けていく強さに、琴子は桜の花びらを遠く見つめて呻いて、身体いっぱいに彼を迎え入れて抱きしめる。
「もう。朝はダメって何度も言っているのに……」
「抱きたい時に抱く。俺の鉄則だから」
 まったくその通りで。昨年の秋からこの龍星轟自宅で過ごしながら結婚準備を始めたが、一緒に暮らし始めると、その鉄則をコントロールするのに琴子も手を焼いた。だって……。本当は琴子もその鉄則にすっごく流されそうだから。すぐに抱きついてすぐにキスされて、油断していると脱がされてしまう。そんな英児と熱烈な婚前生活を営み始めて暫くした年の瀬。式を待ちきれずに先に入籍をしてしまったほど。
 なのに。こんなに愛し合っても、子供はまだだった。
 こうして琴子の日常は今や龍星轟にある。だが食事は琴子の大内家実家で取ることが多い。母を一人にさせないが大前提だが、琴子が残業で遅くなることも多々あるので、月の半分は実家に寄っている。英児も龍星轟から大内の母と一緒に過ごし、残業で遅くなる琴子を一緒に待っていてくれたり。三人で食事をしたりして、団欒を楽しんでいる。でも二人が最後に戻ってくるのはこの龍星轟。
 春の桜が咲く少し前、二人は式を挙げた。
 神社で和服の式を挙げ、披露宴はウェディングドレスに着替えて、漁村マスターのお店でこぢんまりとした内輪だけの食事会。お店で短いヴァージンロードを作ってもらい、琴子の隣にいるはずだった父の代わりをお願いしたのはやっぱり『矢野さん』。
 私、もう父がいないから。英児さん同様、私も矢野さんに親父さんになってほしい。だから一緒に歩いてくれませんか。
 びっくりして矢野さんも最初は動揺していたが、最後には『おう、やってやらあっ』と胸を叩いてしっかり引き受けてくれた。
 漁村マスターの美味しい気取らない料理での披露宴。小さな店だけれど、ジュニア社長とパパ社長を筆頭にした三好堂印刷の従業員、そして龍星轟の従業員、琴子の母と親類、そして英児の家族親類での小さなパーティーは、瀬戸内の穏やかな海を傍に賑わった。
 それから一ヶ月ぐらい。また桜の季節――。
 あっという間の一年だった。桜が咲きそうな夜、あの頃はまだどん底だった琴子。目の前にひらりと桜の花びら。そして、熱くて強引な旦那さんが隣にいる。
 妻になった琴子を傍らに確かめ、やっと旦那さんが起きあがる。
「よっし。今日もやるぞ」
 いま全力で妻を愛した割には、とってもタフ。今日も彼は情熱に満ちた黒目を輝かせ、龍星轟店長として走り出す。

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