ワイルドで行こう

 本気で呼び止めてくれた声を思い返し、琴子も応える。
「もちろん。格好良く乗るんじゃなくて、車との一体感を体感したいの。……ここに貴方も乗っているんだもの。大事に乗る」
 貴方が乗ってきた車で、私は貴方を感じている。そう言うと、あの目尻に優しいしわを滲ませる笑みを英児が見せてくれる。
「くそ。ほんっとお前らバカバカしいわっ」
 ついに矢野さんが『あほくさ』と吐き捨てながら新婚夫妻から離れていった。
「気をつけてな」
 英児の見送りに琴子も微笑む。
「あなた、行ってきます」
 エレガントなブラウス姿の奥さんが、真っ赤なレビン『ハチロク』のハンドルを握りアクセルをふかす。
 軽快に発進するレビン。バックミラーにいつまでも見送ってくれる紺色作業着姿の旦那さん。
「まだ時間あるわね。港をまわって会社に行こう」
 港町の海岸沿いのカーブ。この道でハンドルを回すのが楽しい。朝の海面は鏡のようにキラキラと日射しに輝いてまぶしい。琴子はそっとサングラスをかける。
 走っていると、隣からクラクションの音。並んだ車の運転手と目が合う。向こうは三菱の赤いランサーエボリューション。見覚えのある顔に、琴子はサングラスを外して会釈を返すが、あちらはびっくりした顔。でも直ぐに判ってくれたらしく手を振って先に走り抜けていってしまう。ウィングの下に龍星轟のステッカー。常連客だった。
 
 近頃、龍星轟のタキタ店長の車を、可愛い奥さんが運転している。
 
 龍星轟でそう言われ、タキタ店長が照れている。
 そんな車好きの男達にはもう公認の奥さんは、今日も旦那さんの車で瀬戸内の街を駆け抜ける。
 
 もう止まっていた私じゃない。ちゃんと自分で走っている。彼と一緒に。同じ気持ちで。
 感じるままに生きていこう。貴方と一緒に、ワイルドに生きていこう。



―― ワイルドで行こう 【完】 ――


*最後までお読みくださってありがとうございました。 茉莉恵

※英児視点の後日談・ミニ続編 ワイルド*Berryへと続きます。
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