ワイルドで行こう
 じゃなくて。家はあっち!
 だけど彼がちょっと申し訳なさそうに笑って、琴子じゃなくてフロントミラーに映る母を見ていた。
「ちょっとだけ。ドライブしませんか。せっかく出かけたのにもったいないじゃないですか。俺の車、乗り心地悪いですか」
 ドライブって。もう暗いし。どこに行くの? 琴子の方がハラハラしている。だけど母も戸惑っていたが、なにも言い返さない。
「いいえ。乗り心地いいですよ」
「じゃあ、行きましょうよ」
「では。お願いします。滝田さん」
 なんて、母! いいの、いいの? 戸惑っているのは娘の琴子だけ。その間も、黒いスカイラインはどんどん郊外へと向かっていく。このまま走っていくと峠道になってしまう。こんな暗い夜の峠道なんて――。なにもないのにただ車を走らせて話に盛り上がるカップルのデートコースでしかないのに??
 だけれど、母が嬉しそうな顔をしていた。
 確かに。こうした少し長く走るドライブをするのは、母にとっては久しぶりのこと。父が生きていた頃は、よく三人で出かけていたのに。それ以来ではないだろうか。
 
 かと思ったら。峠まで行かずに、彼の車は山間の農村地帯へと向かい始めている。かなり田舎の人が少ない地域。だけれど大きな河川がある方向だった。
「さあ、ついた」
 走ること数十分。黒い車が辿り着いたのは、河川敷の公園だった。でも田舎の小さな公園。十台も停められない小さな駐車場と、真っ暗な河川敷しか見えない公園。
 な、なんでこんなところへ? いったい何を見ろと? 峠なら夜景が見られるのに。
「見て、琴子!」
 後ろから母が琴子の腕をがっしりと掴み、なにやら興奮気味。母はフロントを指さしている。母がなにを見つけたのか、琴子も前を見据えた。
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