ワイルドで行こう

1.逃げられた!


 やられたー! 朝一番、滝田モータース、龍星轟開店。滝田店長、ガレージから顧客の車を出そうとして初めて気がつく。
「矢野じい……。琴子、今日……何に乗っていったんだ」
 ないから『それ』だと判っているのに。信じられなくて、後ろにいた親父さんに聞いてみた。
「R32に乗っていったぞ」
 マジかよ――。英児は目を覆い、項垂れた。
「琴子はお前が許してくれたと言っていたけど、違ったのか? ちゃんと若葉マークをトランクに貼り付けてでていったぞ」
 車屋店主である俺の愛車、兼仕事廻りの車に『若葉マーク』!? 気が遠くなる思いの英児。
「あれに、今日の外回りで必要な書類を入れてたんだよな。しまったー」
 親父が後ろでため息をついた。
「あのな。そういう大事なもんは車に入れっぱなしにするな」
「つい。今までの癖で……」
 半月前。無事に正式婚約を済ませたので、彼女と結婚を控えた同居をはじめたばかり。それまではすべてが独身男の気ままなライフスタイルだったので、こんなことも今までの癖で済ませてしまっていた。彼女と暮らすまで、誰も自分の愛車に乗ることなんてなかったから予測できなかった。
「それから。ああやって車に乗り始めて楽しくて仕方がない時期だろ。若葉なのにゼットの味を覚えさせたのも旦那になるお前だろ。しかもガレージにこんな何台も旦那が持っていたら、そりゃあ琴子だってとっかえひっかえ試し乗りしたくなるわ。前の晩に『明日はこれに乗る、乗ってはいけない』て話し合っておけよ」
「……そんなこと、思いつかなかった。そっかー、そうしていかなくちゃいけないってことだよな。うん、そうだ。そうだ」
「お前らしいなあ」
 昔から『おおらかすぎて、人が良すぎて。時々ガードが甘い』とこの師匠に言われてきたが、今朝はまさにそれ。だいぶ『お前も自分で自分を上手く使えるようになったな』と言ってもらえるようになってきたのに。
 久しぶりにやっちまった状態。迂闊だった、予測不足。旦那の不注意? 婚約者の彼女が、愛車のスカイラインに乗って出勤してしまった。

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