ワイルドで行こう

 秋晴れの国道を銀色のフェアレディZで行く。
 中心街から少し抜けた住宅地手前に三好堂印刷がある。英児はそこへ彼女に譲る予定の車で向かっている。
 いつもどおりの龍星轟ジャケット姿。秋になり長袖に衣替え。出かけるために作業着ズボンはデニムパンツに履き替えた。いままでそうしていたように、営業先や市外の顧客宅へ訪問する時同様の出で立ちで、彼女の職場へ向かう。
 自分はそうして変わらずに、ゼットのステアリングを握っているのに……。
「なんかこの車、すっかり琴子の匂いになっているじゃねーかよ」
 つまり。彼女の愛車になりつつあるということ――。
 煙草を吸おうと思ったが可愛い匂いがするので、それを汚してしまうようで気がとがめてしまう。煙草も好きだが……、この女の子らしい彼女の匂いもかなり気に入っているから我慢する。
「ほんと、女の子~女子女子ーってかんじだよな。そういう女の子とすれ違う時にする匂い」
 独り言を呟くその顔が、フロントミラーににやけて映っていていたのでハッとする。
 今でも思う。これって俺の潜在意識だなあと。
 十代の頃からそうだった。美人とか美人じゃないとか関係なく雰囲気というか。きちんと髪を束ねているとか、きちんと黒髪を手入れしているとか。しわのない制服とか、校則はきちんと守って、同級生ともそつなくつきあえる。忘れ物もしない。ハンカチは可愛らしくて、毎日違う柄。派手さや華やかさはないが、女の子らしさは忘れない。平均的でも可愛らしさも忘れない。目立たなくても、きちんと日々を積み重ねてこなしている。そんな落ち着きある生活ぶりが、仕草や物腰、彼女たちの雰囲気を女の子らしく育んでいる。そんな『女子』の側を通るとこの匂いを持っている子が多い。
 例えるとしたらなんだろうか? 甘酸っぱい……かな。未だに上手い例えが見つからない。そんな『きちんと女子』の独特な匂いを、婚約者の彼女は常に維持しているのだ。それに加えて、清々しい大人の女の匂いまで備えていて。
 これが飛びつかずにいられるか? それが側をうろうろし始めたんだからたまったもんじゃない。

< 271 / 698 >

この作品をシェア

pagetop