ワイルドで行こう
やっと彼女が顔を上げる。……どうみても『怯えている顔』で、英児はそんなところもちょっとショックだった。
やっぱ、俺。おっかない顔してるんかな。車高をギリギリまで下げたマフラーぶっとい車に乗っている男なんて。綺麗なオフィスで洒落た男に囲まれている姉ちゃんには、薄汚れて見えるんだろうな。
案の定、彼女は英児と目を合わせることもなく、背を向けて去っていった。
ち。まあ、いいか。買わずに済んだみたいだな。一人ため息をついた。
その時、英児は彼女が去っていく空気にはっとし、つい……去っていく背中を目で追ってしまう。
『きちんと女子』の甘い匂いだけじゃなかった。疲れ切って汗をかいてこなれた肌の匂いが混じっていたから。英児が女を濃厚に感じる瞬間。
もうすぐ桜が開花しそうな雨上がりの夜。むっとしたそよ風にのって、去っていく彼女の匂いがまだ届く。淡いグリーンのコートの裾を翻し、風にそよいだ横髪からちらりと見えた彼女の白い首筋に、色香があった。
マジかよ。くそ、めちゃくちゃタイプの匂いじゃねーかよ。もうちょっと上手く話しかければ良かった。と、思ったが英児は思い改める。ここ数年、女性とは上手く噛み合わず、会話も上手く成立しない。なにを分かり合えば良いのかも判らなくなり、面倒くさくなっていたから。
それに――。自販機からお馴染みの『ピース』を買い、英児はスカイラインに乗り込む。
それに。ああいうきちんとしたOLの姉ちゃんは、俺みたいな薄汚れた男は眼中にない。良くわかっていた。声をかけたところで、嫌な顔をされるんだ――と。
スカイラインの運転席に乗り込み、英児はサイドブレーキに手をかけながら、それでも鼻腔にしっかり残ってしまった彼女の匂いに、独りひっそりときめいている。甘酸っぱい女子の匂いと、鈴蘭のような清々しい色香。
いいな。ああいう女の肌は柔らかくて、あったかそうだな。そう思って惚けながらクラッチを踏み込む。
顔は驚くような美人ではなかったが、可愛らしい目と可愛い唇の大人しそうな子だった。こんな時間に、あんな疲れ切った目元と表情で項垂れて。でもきちんとしている身なり。いい子なんだろうな。一生懸命やって損ばかりしていそうな子だなあ。俺が恋人だったら、こんな夜はいっぱい抱きしめてやるんだけどなあ……。
なんて考えながらも、手と足と身体は慣れきった運転を始めている。いつの間にか発進しているスカイライン。