ワイルドで行こう
暗い夜道を帰っていく彼女の背が、フロントに近づいてくる。
彼女のような女の子とベッドで眠れる夜でもあれば……。英児の脳裏、会ったばかりの可愛い彼女をあろうことか裸にしている始末。
優しい顔つきに、女の香り。柔らかい肌に強く吸い付いて……。白い裸体が脳裏にぼんやり現れる。
その途端。邪な妄想をした男を罰するように、フロントに泥水がバシャリとかかった!
――やばい! いま、彼女が横にいたよな!?
急いでブレーキを踏んだ。
運転席のシートから後ろへ振り返ると、いまにも泣きそうな彼女が泥を跳ねられて佇んでいる姿。
嘘だろ。俺が……。この道をよく知っていて、雨が降るとそこに水溜まりが出来るって。馴染みの煙草店だからよく知っていたはずなのに。『やっちまった』!
もう背中にはどっと汗が滲んでいた。こんなことは車を運転していて初めてだった。しかも、どうして『こうなってしまったか』を振り返ると、本当に自分の横っ面をはり倒したい気持ちになる! 彼女を脱がしてぼんやりしてしまったなんて、そんな理由で。走り屋の俺が、泥水を――!
すぐさま車を降りて『大丈夫ですか』と声をかけたのだが、綺麗な春色グリーンのコートを無惨に汚された彼女の顔が強ばっている。いや……黒い可愛い瞳に涙が浮かんでいる!?
今から謝って謝って、償わなくてはいけない。そう思って駆け寄ったのに。初めて目があったのに、可愛い匂いの彼女が英児を振り切るようにして走って逃げてしまった。
カツカツと静かな国道に響くヒールの音が、どんどん遠ざかっていく。
――逃げられた! すっげー嫌そうな顔をしていた!
もう英児も茫然自失……。こんな俺、あり得ねえー。情けねえー! すげえいい子だったのに。俺、最悪なことしちまった!! もうスカイラインに戻っても、暫くは路肩に止めたまま発進が出来なかったほど。
買ったばかりのピースをくわえ、なんとか落ち着こうと一本吸ったが、全然動揺は収まらなかった。
泥を跳ねたことも情けないが。なにが一番罪悪感かって。彼女に泥をかぶせる瞬間、彼女を頭の中で裸にして抱きしめようとしていたからだった。
「マジかよー。もう……俺、ダメだ」
スカイラインのハンドルに額をつけて項垂れること暫く……。その夜、英児はどこにも出かけず、すぐにUターン。龍星轟に戻って眠れぬ夜を過ごした。