ワイルドで行こう

いまはすっかり『俺の女』として寄り添ってくれる夜桜の彼女。
 思った通りの女で、彼女に優しく暖かく愛されると英児はまだ夢ではないかと思ってしまう。しかもすっかり車好きになってくれて。
 
  高く透き通る青空。銀色のゼットはついにその事務所に到着する。
 それなりの大きさの工場を併設している印刷所と製版会社。その駐車場を隔て、敷地内の片隅、公道側にモダンなレンガ造りの小さな事務所がある。数台が駐車できるそこに、確かに黒いスカイラインが停まっていた。
 しかも。そのスカイラインの隣には見覚えある白いトヨタ車も停車しているのをみて、英児は思わず笑ってしまう。
「あはは。若葉の琴子がゼットに乗って通勤してくるようになって、さては三好さんも負けまいと愛蔵のセリカを動かすようになったのか」
 三好ジュニア社長の愛蔵車、トヨタのセリカ6代目、T200。大事にガレージに保管してあるだけで、ファミリーカー優先になってしまい乗らなくなってしまったとのこと。だけれど、独身時代の思い入れがあり手放せず愛蔵。たまにメンテナンスに持ってきてくれ、英児が整備する。そのトヨタ車がスカイラインの隣に停車している。
 運転も出来なかった女の子が、フェアレディZだのスカイラインGTRだのひょいひょい乗ってくるので、元の車好きの血が蘇ってしまったよう。でも英児は嬉しかった。愛蔵にて大事にされているのも嬉しいが、やはり走らせた方が良いに決まっているから……。
 事務所の駐車場は小さいので、来客があってはと、英児は路肩にゼットを停車し運転席からおりた。
 彼女の職場、事務所を訪ねるのは二度目? 婚約が決まり、龍星轟の顧客でもある彼女の上司、三好ジュニア社長に挨拶に来た時以来か。
 でも……。仕事中の彼女を訪ねるのは、緊張した。小さな事務所だが、ジュニアの趣味なのかモダンで洒落ているいまどきのオフィスだった。そこで彼女が、英児が大好きなOLさんのお洒落をして働いている。
 そんな女とは縁がないか、あっても向こうから切られたりしていたので、英児的には『お洒落なオフィス』は実際のところかなりコンプレックス?
 深呼吸をしながら、三好デザイン事務所の入り口に立つ。ドアを開けて『こんにちは。お邪魔いたします』と挨拶をしようとしたのだが……。ドアを少し開けたところで英児のその手と足が止まる。
 その玄関ドアから見える事務所のデスク。三好社長デスクの目の前に、ノートパソコンと向き合ってキーボードを叩いている彼女を見つけた。

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