ワイルドで行こう

「琴子、これもな」
 側にいる三好ジュニア社長から書類を渡され、彼女が『はい』と笑顔で受け取っている。だが。モニターに向かった途端、真剣な眼差し……。
「このデジタル版下の色指定パーセンテージ。デザイナー指定の色と間違っていないかチェックしておいてくれ」
 また三好社長から。画用紙のような原稿とファイルを差し出され、それも彼女が笑顔で『はい』と受け取る。
「社長。どちらが急ぎですか」
「うーん。どっちなら早く終わる?」
「色指定チェックなら、十五分いただければ」
「じゃあ。そっち先にして俺に返して」
「はい」
 そうして彼女と三好社長はまた黙々と仕事に集中。
 初めて見たな。あんな琴子。でも、彼女らしいな――。英児はそう思った。
 目の前にあること、なんでも真剣に取り組んでくれる。三好ジュニア社長がそこを買っているのがよくわかる。英児の店でも『やる』と決めたら、彼女はまっしぐらになって取り組む。その姿が従業員に認められ、彼女はもうすぐ『龍星轟のオカミさん』だ。
 でも、この仕事も好きなんだろうな。と、英児は思っている。それに龍星轟では、あんな綺麗な格好をして仕事が出来なくなる。側にいて車屋で一緒に頑張ってみたいと思うこともあるが、毎朝、女らしさ満載に綺麗な姿を見せてくれる彼女もたまらなく好きで、それが英児を元気にさせてくれる。
 しかも。ずっと憧れていたOLさん。俺の嫁さんになる女は、本当にオフィスに溶け込む働き者でお洒落で……可愛くて……。気がつけば、その玄関ドアのガラスにはまたにやけた男の顔。そしてその背後に、さらに男の顔??
「あの、琴子に会いに来たんですか」
 にやけていたところ、後ろから声をかけられて英児は驚き振り返る。
「そ、そ。そうですが……」
 焦って答えたのだが。その背後にいた男性を確かめ、英児は絶句する。
「呼んできますね」
 洒落た男が無表情にそう言って、事務所の玄関を開けた。
「大内さん。車屋の旦那が来ているんだけど」
 って。なんでアイツがここにいるんだよ?
 当たり前のように三好デザイン事務所に入っていった洒落た男は、あの『雅彦くん』!
 どうして。あれっきりじゃなかったのか?
 彼女の事務所に、なんで前カレがいるんだよ?



< 278 / 698 >

この作品をシェア

pagetop