ワイルドで行こう
「でもさ。琴子、明るくなったわ。それに仕事をしていても判断力とか、思い切りがついてきたな。視野も広がっている。自分が知らない範囲へ自分から一歩出ていく思い切りも、やっていけるという自信がついたのもあるんだろうな。違う世界観を持っている滝田店長と出会った影響かな」
「はあ、いや。俺なんて。彼女は元々いいもん持っていましたよ」
自分はたいしたことないと謙遜したつもりが、惚れた女とのことを惚気ている言い方になってしまい、英児はハッとする。だが既に遅し。三好ジュニアがにったりとした笑みで英児を見ている。
「――『惚れているんです。俺に任せてくれませんか』だったよな~。ゼットで琴子を迎えに来た夜。あれは俺もガツンと来たなあ~」
うわー、あの時の。三好ジュニアに面と向かって言われ、英児はますます照れて顔が熱くなってどうしようもなくなってくる。
琴子と再会した初夏。それっきりにしたくなくて思い切って食事に誘ったら、彼女が残業期間中で上手く予定が合わなかった。だけれどその晩は『絶好の月夜』。どうしても彼女に見せたくて、会いたくて。その夜、英児はなりふりかまわずこの三好堂印刷まで彼女をゼットで迎えに行った。
あの時、本当に英児自身も必死だったと振り返る。女性と関係を持つのが面倒くさくなっていたのに、どうしてか琴子のことを想うと落ち着かなくて。勝手に身体が動いて車に乗っていた。
その時、この彼女の上司に言った言葉が『惚れているから任せてくれ』だった。思い返せば、彼女の上司に随分と大胆なことを告げていたわけだ。どれだけ必死だったことか。
それでも今度の三好社長は、微笑ましいと言わんばかりの穏やかな眼差しでデスクにいる琴子を見つめている。
「まあ、滝田君らしいよ。思った通りそのまんま。裏表なくて気持ちのまま、相方にぶつかっていけるから。大人しい琴子にはぴったりだったかもな」
いやいや――と、照れつつも、やはり今の英児はそう言われたなら、もう心よりの笑顔になってしまう。だがそこで三好社長が一転、ため息をこぼし英児に急に頭を下げた。
「ごめん。なのに、琴子の側に前の男……」
三好社長がぐっと言葉を飲み込むようにして、急に黙ってしまった。
「英児さん、これ。スカイラインの」
三好社長が黙ったのは、琴子がすぐ後ろに来たからだと英児には分かっていた。そして三好ジュニアがなにを英児に謝ったのかも……。
「おう、サンキュ。じゃあ、これゼットのキーな」
――琴子の側に前の男。雇ってごめんな。
そう言いたかったのだろう。分かったので、英児は琴子のしとやかな指先が差し出すキーを何気ない笑顔で交換した。