ワイルドで行こう

「三好社長も以前の契約を平気で断ってきたのも彼自身だから、最初から信用していなかったんだけど。プライドが高い雅彦君が何度も頭を下げたから、試しに一ヶ月ほど外注の仕事をさせてみたのよね。そうしたらクライアントからとてもいい反応が続いたり、リピート受注があったりしたものだから。社長も彼の変わりように驚いたみたい。『ずっと前の波に乗っていた時のあいつに戻っている』と判断して、フリーランスじゃなくて正社員でどうだと社長から――」
「……そうだったんだ」
 ああ、それで。先ほど『ごめん』とジュニア社長自ら頭を下げてくれたんだと、やっと理解した。琴子じゃない、三好社長がビジネスとして判断したことだったのだ。英児だって経営者のはしくれ。三好ジュニアの判断と感覚に共感を持ってしまったから、それが解れば何も言えない。
「いい仕事をする男を、経営者は放っておかないもんだよ。それでこの事務所のプラスになるなら琴子にもプラスだろ」
 でもまだ彼女がしょんぼりしている。
「正式に雇用する前に、社長が私に『別れた男が側に来ても大丈夫か』と聞いてきたの。私『大丈夫です』と答えた……」
 だから三好ジュニアが雇ってしまったとでも言いたそうな琴子。秋風に切りそろえたばかりの柔らかい毛先を揺らす彼女が眼差しを伏せる。だが運転席に座っている英児は笑って、目の前ある彼女の白い指先をそっと握った。
「当然の返答だろ。お前、間違ってねえよ」
 陰っていた瞳がそっと開いて、静かに英児を見つめてくれる。
「もうどうってことない男だろ。仕事だろ。彼も、社長も琴子も、仕事だったら互いに上手くいくと思ったんだろ。それに社長を甘く見るなよ。部下である姉ちゃんの一存だけで判断なんてしねえよ。琴子に尋ねた時点で、三好社長は既に雇おうと腹を決めていたんじゃないか。だからお前の様子も確かめておいたんだろ。じゃなきゃ、お前になにも聞かずに不採用にしているよ」
 琴子の意志で決まったんじゃない。三好社長が部下の異性関係を抜きに決めたこと。だから気にするなと伝えると、やっと彼女が少しだけ口元を緩めた。それを見て、英児はさらに彼女に微笑んだ。
「俺達、結婚するんだ。どんなことよりも最強だろ」
 いま握っている指先、薬指。そこに少し前、英児が自らはめてあげた婚約指輪がある。

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