ワイルドで行こう
大丈夫。俺達は出会ってまだ一年も経っていないけれど、ひと夏中、離れている間が惜しいほどに愛し合った。この女、絶対に手放したくない。だから自然に『この子と生きていこう。結婚しよう』と思えた。あんなに、恋人を持つことや結婚を恐れていたのに――。
握るハンドル。左手に龍の指輪。一方的に選んだデザインの意図は、彼女が言うとおり。『そんな趣味の男がこの女を捕まえている』と示したい独りよがり。でもそれをすんなり受け取ってくれた彼女。今度、結婚指輪は彼女と選ぼうと思っている。
バックミラーを見ると、深紅のカットソー姿の琴子がまだ見送ってくれていた。青空の下、秋のそよ風の中。まだこちらを見て……。
だが。その横にふいっと洒落たあの男が並んだのを英児は見た。
一言二言、言葉を交わし二人が肩を並べて事務所へと去っていく。バックミラーから二人並んだ姿で消えてしまった。
いつかあっただろう彼等の並ぶ姿を英児は完全に否定することが出来なかった。
「だから、どうした。もう俺の女房になる女だぞ」
仕事の話に決まっているだろ。いつまでも外にいるから、彼が呼び戻しに来たんだろ。それだけのことだろ。英児は一人自分に言い聞かせる。
龍の指輪をはめさせた男。あの印刷会社の誰もが『信じられない』と言うぐらい、不似合いな車に乗ってくるようになった彼女。それぐらい英児と琴子のそれまでは、あまりにも馴染んでいた空気感が異なる世界にいた。
それまでの琴子は……。あの洒落た男と同じ世界にいた。誰が見ても、同じ世界にいる男女。
買ったこともない深紅の服を一発でお洒落に着こなす彼女と、如何にもデザイナーというに相応しい洒落た男が並ぶと確かに『お似合い』だった。
わかっているが。英児には未だに琴子という婚約者は『高嶺の花』。そんな女をやっと手に入れた気分でいる。
たぶん、今夜は帰宅してきた彼女を見たら直ぐに抱きついてしまうだろう。あの真っ赤な服を直ぐに剥ぎ取って……。龍の指輪ひとつだけ身につけさせて、腕の中に抱いて気が済むまで離さないだろう。