ワイルドで行こう

 その後も、彼女だけが慌ただしく出勤の身支度。英児は自宅が職場なのでいつものんびりしているのが、やや申し訳ないほど。
 寝室に入れた彼女専用のドレッサー。そこで琴子はメイクアップ中。英児も着替えながらそれを密かに眺めていた。こうして傍に『女の子らしい日常』とやらを当たり前のように覗けるのも、なんだか新鮮。
 最後に淡いピンクの口紅を塗ったところで、鏡に映っている英児を見ながら言った。
「今夜は、大学時代の友人達と食事をする日だから。夕食はないから、ごめんなさい」
「ああ、気にすんなよ。ゆっくりしてきな」
 うん。と嬉しそうに鏡の中の彼女が頷く。この日、琴子は『婚約報告』として、大学時代の同級生や後輩に久しぶりに会うとのこと。
「みーんな、びっくりして。私が走り屋で車屋の男性と結婚すると教えたら、『どうやって出会ったの』て。今日はいろいろ聞かれそう」
「あはは。女子会らしいな」
「同級生の友達はもうみんな主婦で子供もいる子ばかりだから、二次会もなしですぐに終わると思うから」
「車で行っても大丈夫か? 一番町やら二番町あたりだと夜はすごい混むぞ。中心街なのに、城下町特有の古くて狭い道をタクシーやヤン車が何台も行き交う夜の街に変貌するからな。なんなら送り迎えしてもいいんだけど、俺」
 でも琴子は首を振った。
「ううん。紹介がてら、英児さんの車をみてもらうの。それで無免許だった私が運転しているところも見せちゃう。みんな郊外電車で来る主婦なんだけど、一人だけお勤めしている後輩がいて。彼女は運転慣れているから今日は助手席に乗ってくれる約束なの。夕方、彼女の会社まで迎えに行って、食事が終わったら自宅まで送って。そうすれば、彼女もお酒が飲めるからちょうど良いねという話になったの」
 それを聞いて英児もホッとする。
「あれか。地方新聞社でバリキャリになったとかいう後輩の子」
「うん。大学のサークルで、彼女が一番しっかり者のやり手だったから。それに、今日の食事会も彼女が提案してくれて幹事もしてくれたのよ」
 おお、それは頼もしそうだと、英児も安心。なのだが。英児は着替えを始めた琴子を見届けて最後、顔をしかめる。
「今日、それ着ていくのか」
「え、うん。そうだけど、おかしい?」
「おかしくないけどよぅ……」
 英児の目の前で彼女がさっと着たのは、シックで大人ぽい黒色ベルベットのワンピース。襟ぐりをキラキラとしたビーズの刺繍がさり気なく縁取っているのだが、その胸元がけっこう開いている。
 琴子も自分で気がついたようで、そこをじいっと見つめている男の視線を気にするかのようにさっと手で隠してしまう。

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