ワイルドで行こう
「すっごく気に入ったから買ったんだけど。でも、私もちょっと胸元が開いているかなーと気にはなるのよね。でも今日は女の子ばかりだからいいかなって。あ、仕事中は胸元が隠れるカーディガン着ているから」
だが、英児はグッと彼女の目の前に詰め寄る。琴子もまだ胸元から強い目線を外さない英児にたじろぎながら、クローゼットへと後ずさった。
琴子の背中がクローゼットの扉にこつんと当たるのと同時に、英児は両腕で彼女を囲って迫った。
「あのな、琴子。お前ってさ……」
「な、なに」
開いた胸元を英児の目線から見下ろすと、わずかに谷間が見えるから困る。
「お前ってさ。見た目より、けっこう胸あるんだよな」
いわゆる着やせするタイプ。いつもお嬢さん風でしっかりきっちり肌や身体のラインをあまり見せない服装をしているので、彼女が脱ぐと急に艶ぽい女になることを誰よりもこの英児が知っている。それを今日は、そんなドレス風のワンピースで夜の街へ行くというのだから。そりゃ婚約者として心配になるのは当然のところ。
「こう覗くと谷間がみえる」
上から見下ろされている琴子がまたハッと胸元を手のひらで隠す。
「そ、そんな近くに寄ってくる男の人なんて、英児さん以外いないわよ」
「わかんねーよ。すれ違う時に、こうやって覗く男がいるかもしれないだろー」
英児の目線から胸の真上でじろじろ見下ろしてみた。許している男でも流石に琴子も恥じ入るのか、今度は両手で隠して英児の腕の中で背を向けてしまった。
間近でふっと背を向けた彼女の黒髪が英児のあご先をくすぐる。クローゼットの扉で胸元を隠して俯いている琴子が『着替える』とノブに手をかけてしまう。
「冗談だよ。すげえ色っぽいからさ、心配しただけだよ」
その手を止め、英児は背中から琴子を抱きしめる。
「あの、もうすぐ出かける時間……」
腰をがっしり抱きしめて緩めてくれない男の力を、琴子が気にしている。だが英児はさらに両腕に力を込め、背中から抱きしめる彼女を解放しない。
「ちょっとだけな。あとちょっとだけ、琴子の匂いをかいでおく」
後ろ姿も程よく肌を見せる黒いワンピース。麗しい大人の後ろ姿を英児も見下ろし堪能する。いつものフレッシュな朝の匂いも髪や首筋から……。その首筋を隠す黒髪を英児は指先でのけ、琴子の白い肌を露わにする。
黒髪に白い首筋。さらに英児はあるものを探す。『あった』。そこに静かに唇を押しあてると、琴子が腕の中で小さく震えた。
英児が探していたのは、首筋、耳の少し後ろにある『小さな黒子』。そこは英児が必ずキスをする場所。彼女と初めて抱き合った時に見つけ、それからずっと彼女を愛す時の印にしている。