ワイルドで行こう
矢野じいから顧客担当としての引き継ぎも終了。すると矢野じいが目の前で『むふふ』となんだか得意げに顎をさすり、ご満悦の顔のままそこにいる。
「なんだよ。じじい。気持ち悪いな」
いつもの口悪に、途端に矢野じいが『あんだと?』と眉をつり上げたのだが、またすぐに頬を緩めた。
「だってよ。まさかこうして若い姉ちゃんが客に来るなんて、今までなかったからよ。嬉しいじゃねーか。女の子でも『ちょっとでも素敵な車にしたい』と相談に来てくれることが」
どんな客でも車を可愛がってくれるその気持ちに出会うと、この親父は嬉しくなってしまうらしい。矢野じいのこんなところ、『本当の車好きの愛て、でけえな』と英児は尊敬してしまう。『車を格好良くさせる男共のこだわりばかりが車好きではない。お気に入りの車と長く気分良くつきあえるお手伝い。それこそ車屋の使命だ』というスタンスを見せつけられると、英児はこの親父が師匠でよかったといつも思っている。
「これって琴子が運んできくれた客層だぞ。感謝しろよ、英児」
「うん、わかってるよ。冗談抜きで俺もそう思う」
「まあ、でも。英児、お前も思いきったからだな。まさか琴子が運転をするとは思わなかったけどよ、英児自身もいきなり琴子に大事にしている車の運転を許したからな。あれで琴子が普通の女性専用車に乗っていたら、ここまで新規開拓にはなっていなかっただろうしな」
確かに。大好きな彼女が『フェアレディZ』をとても気に入ってくれたから、プレゼントした。『いつか運転できればいいな』と思っていたのに、プレゼントしたその日その時に運転されたのは本当に度肝を抜かれたことを思い出す。しかし、それが今になって英児の仕事へよい影響を与えてくれることになるなんて、まったく予想していなかった。嬉しい予想外である。
「それから三好ジュニアにも。機会があったらそれとなく礼を言っておけよ。先日やってきた中年の男性客も三好ジュニアと一緒で『ファミリーカーに変えてしまったけれど、昔はマツダのRX-7に乗っていたのを思い出した。今の車でもちょっとでも三好さんみたいに格好良く出来るかな』――と持ってきたしな。走ることを趣味にまでしていない、実用で走らせている客層の『ちょこっとでもなにかしてみたい』というリクエストもあるんだなあと知った気分だ」