ワイルドで行こう
『理想だけ』なら矢野じいも同じだろう。このトレードマークの龍を貼りたいから来てくれる男達、そこまで広めてくれた古参の顧客達の気持ちも無視は出来ない。しかし店は維持して行かねばならない。さて、どうするか。いまそこにいる。
「難しいな。男達の気持ちを尊重させつつ、新規の女の子達の心も掴みたいとなるとな」
ため息をついた矢野じいだが、急にふっと何かがひらめいたのか、ぱっと明るい顔に。
「おおう、そうだ。こんな時の可愛い奥さんがいるじゃねえかよ」
『可愛い奥さん?』と英児は一瞬、矢野じいの美人な奥さん『麗子さん』を思い浮かべてしまい首をかしげる。
「麗子さんに聞いてどーすんだよ」
するとスパンと頭を叩かれた。
「いってーな。なんだよっ」
「うちのカミさんじゃねーよ。お前の可愛い奥さんに決まってるだろが! まあ、まだ可愛い彼女かもしれないがな」
「……あーっ、なるほど!」
いまどきの女の子のことは『可愛い奥さん』になる琴子に聞けということだと、英児もやっと理解した。
―◆・◆・◆・◆・◆―
その晩、親父との話し合ったことを、夕食後の珈琲を共に味わう琴子にも話してみると――。
「女の子にも貼って欲しいけれど、龍星轟のイメージは崩したくないステッカーを作りたいってことなの?」
「矢野じいとも話したけど、ステッカーでなければ、たとえば……ストラップとか、なにか女の子が使いやすいノベルティだとか。とにかく目について『それどこの』と聞かれるようなもの」
「ノベルティて、予算はどれぐらいかかるものなの? 英児さんが私に新しい合い鍵を作ってくれた時につけてくれた龍星轟のキーホルダーはどれぐらいしたの?」
だがそこで英児は唸ってしまう。
「あれは。今思えば、格好つけた企画で終わったという苦い経験だけが残った。けどモノはいいもん作ったんで、希少もんではあるんだけどな」
「つまりお金はかけたけど、続けられなかったということなのね」
「うん、金はかけたなー。他にも、ありきたりな小物にネームを入れるだけとか、すげえ安い小物を数揃えて配るとかいう選択もあったんだけどな。それはやりたくなかったんだよ」