ワイルドで行こう
「それから、これ。参考までに――」
見積もり書の他に、もう一枚。英児はそれをなんだろうかと思いつつも受け取り、すぐに目を見張る。そこには既にたくさんのデザインサンプルが示されてたから。
「デザイナーにはまだ『龍星轟のレディス用ステッカーをデザインする』とは伝えていないうえで、『次の依頼を受ける前に、依頼主にデザイナーの雰囲気を知って欲しいから』と俺から課題を出して描かせたんだ」
仕事が速くて英児も感嘆。
「龍を課題にすると勘づかれるから、『豹/パンサー』にした。これを女性用としてデザインせよ――とね」
そのやり口にも英児は驚かされる。やはり。この社長に任せたい。英児はますます確信した。
近頃、こちらの事務所の業績は小さいながらもジュニアの手腕で上々と聞いている。父親の印刷会社というバックアップもあるだろうが、彼自身デザイナーでもなんでもないのに、デザイナーをどう使うか良く心得ていると琴子から聞かされている。それだけではない。このステッカーの依頼をするにあたって、英児が持つ『横繋がり』という人情とは別の視点も必要ということで、事務員の武智がきちんと下調べをして『業績も、評判もいいよ』と報告してくれたのもある。第三者的判断としても間違いないと思える安定感もあり、いまの手腕を見せられたらやはり『ここしかない』という気持ちは強まる一方。
それでも。そこで三好社長が渋い顔をしていたのは何故か。そしてアシスタントの琴子を追い出すように英児と二人きりになったのも何故なのか。その答とばかりに社長から切り出した。
「どう。気に入る雰囲気あるかな。気に入ったデザイナーをこの依頼のチーフにするよ。ただし、もう滝田君もわかっているだろうけど、『前カレ』のデザインもその中にあるから」
やっぱり……。英児は眼差しを伏せた。この婚約者の上司が、時間がかかる遣いへと琴子を外に出したのは、英児と二人きりになって『前カレが関わる仕事でも平気なのか』という確認をしたかったようだった。
だがすぐに目を開け、サンプルデザインをざっとひと眺め。三好事務所にいるデザイナー。同じ事務所のスタッフ同士でも、個性がはっきり出ていた。
そして英児はその中のひとつを指さす。
「これ、いいいですね。イメージに近いです」
ひとつだけ。とてもスタイリッシュなデザインがあった。飛び抜けて雰囲気が異なる。悪く言えば『アクが強い』。他のデザイナーを蹴落とすかのように挑発的な……。それほどに、色濃い個性が目に見えたのだ。
しかし。その個性が強いデザインを選んだと知った三好ジュニアの顔色が一瞬にして強ばる。そして、すぐに致し方ないとばかりに緩く微笑んだ。