ワイルドで行こう
それを見ぬふりをして、英児はスカイラインのドアを開け、運転席に乗り込む。そして、そこから琴子を見上げた。
「俺、彼のサンプル気に入ったから。ここで頼むことにした」
「そう」
彼女が答えたのはそれだけ。だが、それだけの静かな返答に微笑みがない彼女の表情を見ただけで英児も察する。
「いいたいことは、俺にだけは言っておけよ」
そこは夫となる男として、英児は譲らず厳しく言い放った。すると琴子もやっと強い眼差しを英児に向けてきた。
「それでいいの。これからずっと、私達の傍に関係していくことになる」
琴子は多くは言わない。だが英児も言ってもらわなくてももう判る。
「俺はいい。ビリってシビレる仕事してくれる男が欲しいんだよ。彼のデザイン、思った通りスタイリッシュでアグレッシブ、それでいてどこかセクシャル。どれよりも色気があった。あれ見て、俺も感じた。嫌味なほど頑固。ああいう徹底的にこだわりあるヤツじゃないと、頭いっこ突きでないんだよ」
琴子も上司同様、唖然とし固まってしまった。しかし暫くすると、可笑しそう笑い出した。
「うん、雅彦君は……。そんな人よ。それで……私、辛かったんだもの……」
途端に、琴子が何かを思い出したように眼差しを伏せる。哀しそうに。そんな顔をされたら、英児も胸が痛む。この彼女と知り合った時、そんな顔をしていた。どんな辛いことが彼女の周りにとりまいて雁字搦めにしているかを知ってなおさらに、彼女の傍にいて助けてあげたいと思った。あの時の顔をしている。
なにもかもがどん底だった琴子の辛い時期、雅彦は彼女の女としての気持ちを、仕事へのプライドを優先にして踏みにじってきたのだろう。彼にとってデザインという仕事がそれだけ大事だということ、譲れないものなのだと英児にも通じてくる。男が仕事への情熱をなによりも優先してしまう時の、そのドライな感覚。それは時に女の気持ちとは決して融合されることがない、あの感覚が『車好き』の英児にも痛いほど解る――。
「上等じゃねえか。琴子を犠牲にしてまで選んだモンなんだろ。これで上等じゃなかったら、俺がぶん殴る」
琴子が面食らった様子で、哀しい眼差しが一気に消え失せる。そして今度は笑い出した。
「もう、英児さんたら。そこまでいいわよ」
「バカ。マジになってぶん殴るんじゃなくて、気持ちの問題だっつうの。本当はいまでも、はらわた煮えくりかえることあるんだけどなっ」
別れて随分と時が経っていたというのに、英児が大好きな彼女の傍にいられない間にしれっと連れ出して、なに食わぬ顔できらきらした指輪をあの平然とした顔で渡していた雅彦。琴子を自分のポジションを守るために利用しようとしたことを思うと、本当はあんな男、英児だって信用したくない。
だが、そこは『ビジネス』というか『男の気持ち』というか――。