ワイルドで行こう
「じゃあ。俺、店に帰るな」
「気をつけてね」
龍の指輪をはめた指先が、英児の頬に触れる……。
まさか。あの男のデザインを気に入ってしまうだなんて。英児だって複雑なのが本心。その男に、別れた女をイメージにしたものをデザインしろと依頼して……。しかも、それを自分の店の新たなるトレードマークにしようとしている。
でも。大丈夫だ。この女は俺の気持ち、誰よりも解ってくれている。
そう思えたから。英児の頬に優しく触れている華奢な指、その手をぐっと捕まえるように握りしめ、そのまま英児は彼女の手の甲にチュッと強く吸い付き、何度か繰り返す。
それだけなのに。琴子が少しばかり感じたかのように悩ましげな声を漏らす。誰が見ているかも解らない彼女の勤め先、真昼の空の下なのに……。彼女は英児の愛しい気持ちをすぐにその心にも躰にも感じ取ってくれる。
それを知った男の心にも火がついた。
「っいた……、え、英児さん?」
琴子が痛がる。最後はもう優しい愛撫じゃない。英児は指輪をしている彼女の薬指を噛んでいた。甘噛みより強く。うっすらと男の歯形がついてしまった白い指。それを琴子に返した。
「英児さん……」
「じゃあな」
ドアをばたりと閉め、すぐさま英児はスカイラインを発進させる。
今日はバックミラーには彼女一人。噛まれた婚約の指をさすりながら、不思議そうに英児を見送っている姿。
その噛み痕に、我が侭な男の気持ちが込められていることを――。彼女は知ってしまっただろうか。
―◆・◆・◆・◆・◆―
彼女と通じ合えたから『大丈夫』。
――なんて。それだけで終わると思ったら大間違いだった。
『社長の仕事が片づかなくて、帰りは遅くなります。夕飯は待たずに食べてください』
ステッカーの依頼をしたその日の夕。彼女からそんなメールが携帯電話に届いていた。
残業期間でもない時期だったが、琴子の仕事は納期との戦いで、とにかく勤務時間は英児より不規則。良くわかっていたのだが、もう……一人の食事が侘びしくなってしまい、つい彼女の帰りを待ってしまう。
それでも琴子は思ったより早く、二十時前には帰ってきた。
「ただいま」
疲れ切った顔で帰ってきたので、珈琲を傍らに新聞を読んで待っていた英児は驚いて琴子を出迎える。
「どうした。顔色、よくないな」
力無く頷くと、琴子はすぐにテレビ前のソファーにへたり込むように座り頭を抱えてしまう。
嫌な予感がした。
「なにか、あったのか」
「うん、ちょっと」
それでも、彼女がこんなに疲れ切った顔で帰ってくるのは残業期間以外では珍しい――。