ワイルドで行こう
「でも。三好社長が『お前のデザインを気に入ったという男のどこがいけないんだ』て吠えてね。ちょっと騒然としちゃって、それでなんかスケジュールがずれちゃって」
「うわ、もしかして、もしかしなくても。俺がごたごたするような依頼を持っていったから……残業に?」
やっぱり独りよがりだった。俺が良いと思っても、三好さんにも琴子にも迷惑になってしまったのだと英児の心が痛んだ。
「大丈夫よ、いつものこと。クライアントのオーダーを受ける時は多かれ少なかれ、営業マンでもある社長とクリエイトするデザイナーは衝突するものなのよ。よくあるの」
でも、琴子が憔悴しているのは『板挟み』になってしまったからなのだろう。
そんな琴子の足下に英児は跪く、昼間、噛んでしまった婚約指輪の手に触れる。そこには英児が噛んだ痕がうっすら赤く残っている。男の我が儘を刻んでしまった彼女の顔を、英児は見上げる。
「無理して俺に合わせなくてもいいんだぞ。お前が辛かったら、よそのデザイナーを探すから」
だが、琴子は笑顔で首を振った。
「ううん。社長はもうやる気満々なの。大好きな店のステッカーを作れること、いまの龍星轟のステッカーのように、自分の事務所から出したデザインが街中で見られようになることを望んでいるの。それに……本当は雅彦君も。あんなに怒るということは『すごくやりたい仕事だ』と思っているからなのよ。でも、クライアントから仮の指名があってもその条件が『別れた女をイメージした仕事』と来たから、どうしていいか解らなくて混乱しちゃったんだと思う」
英児は言葉を失う。やっぱり元々つきあっていた男。彼女だから、アイツの本心がわかるのだと英児は突きつけられる。しかしそれは自分が仕向けたこと。彼女の前でそんな戸惑いなど決して見せてはいけないと堪える。
それでも、琴子はもう清々しい笑顔を英児に見せてくれる。
「こう言うとおかしいかもしれないけど。『本多に絶対にいいものを描かせるから、三好と私に任せてください』。私、デザイン事務所の大内としても、なによりも『龍星轟のオカミさん』として店長が絶対に気に入るものをうちの事務所から出してみるから」
彼女も『仕事の顔』。だけど、龍星轟の一員の眼差し。英児は再び、自分が噛んだ痕が残る龍の指をぎゅっと握りしめる。